1997話 最近読んだ本の話から その8

 ■兼高かおるの第1作が新装復刊された。『世界とびある記』(ビジネス社、2019)で、元の本は、同じ書名で光書房から1959年に出版されている。日本人の海外旅行の資料として、書店で新装版を見つけてすぐ買ったのだが、巻頭に光書房版の表紙写真が載っている。おやおや、だ。この本、ずっと前に神保町の古本屋で買っている。表紙写真に心当たりはあるが、「読んだ」という記憶がない。新装版を読み始めると、なぜ旧版をちゃんと読まなかったのか、すぐにわかった。読む価値がないのだ。内容がおもしろくなくても、資料としてなにか価値があるだろうと期待したのだが、だめだ。文章力において、中谷美紀若林正恭の方が、よほど達者だ。ということは、多分自分で書いたのだろう。1959年なら、外国に行ったというだけで本が出る時代だ。1959年、兼高は現在のTBSラジオで「世界とびある記」という海外取材番組がはじまり、そのアジア取材にまつわる話が、この本の後半になっている(前半はアメリカ留学記)。この本が出版されたのが、59年10月。12月にはラジオ番組がテレビに移り、番組名が「世界飛び歩き」になり、翌60年に「兼高かおる世界の旅」のタイトルで90年まで続いた。つまり、この本が出たときには、どの程度かはわからないが、兼高はすでにラジオでは知られた存在だった。だから、海外旅行記が出しやすい状況にあったのだ。

 この本を手にして「やっぱりな」と、私もうんざりした。伊丹十三の『ヨーロッパ退屈日記』(1965)を読んだ人は気がつくだろうが、伊丹が「嫌だね」と書いているのは、『○○食べある記』といった書名で、その例はいくらでもある。

 『巴里ひとりある記』(高峰秀子、世界映画社、1953)ほか、ちょっと調べたことがある。かつて国会図書館の蔵書で調べた結果、「記」の最初は、『駆ある記』(前橋耕圃、霜旦社執事、1922)で、以下こうなる。

 『世界飛びある記』(徳川夢声桃園書房、1954)

 『世界とびある記』(兼高かおる、光書房、1959)

 『ぼくのヨーロッパ飛びある記』(高木彬光、日本文華社、1966)

 『東京珍味たべある記』(富永一朗柴田書店、1967)

 『台湾・香港・マカオひとりある記』(久保田弘子、1973)

 『外国映画25年みてある記 アメリカ編』(双葉十三郎、近代映画社、1978) 

 最近のものでは、『昭和・東京・食べある記』(森まゆみ朝日新書、2022)がある。

 映画では、石原裕次郎主演の「欧州駆けある記」(1959)がある。「記」がつくタイトルは、おそらくこの何倍もあるだろうから、伊丹がうんざりしていたのはよくわかる。旅行記のタイトルで、『○○ある記』以外で「毎度おなじみ」といいたくなるのは、『女ひとり・・・』というのが、相変わらず多い。試しに、アマゾンででも、国会図書館の蔵書リストからでも、「女ひとり」をキーワードに検索してみるといい。ちなみに、旅行記に『女ひとり・・・・』が多いという発見を初めて耳にしたのは「旅行人」編集部だった。

 『世界とびある記』を読んで、「へー」と思った2点。台湾に縦長の紙幣があるというので調べてみた。ネットですぐに見つかった。民国43年とあるから、1954年だ。この本には1959年のタイ旅行記もあるが、唯一「へー」と思ったのは、日本から飛行機で14時間かかったということ。台湾、香港などを経由したのだろう。ほかに付箋を貼ったり傍線を引いた字句はない。