■細野晴臣が大好きだという台湾の高校生が主人公で、それは作者自身らしい。『緑の歌 収集群風』上下(高 妍、KADOKAWA、2022)にはなぜか、翻訳者の名がない。「翻訳協力」として竜崎亮と言う名が奥付けに記されているが、表紙にも扉にも翻訳者の名が、なぜかない。台湾のマンガだから、どういう内容かと気になって買ったのだが、細野にもハッピーエンドにもまるで興味のない私にはつまらない本だった。台湾のマンガと言えば、『用九商店』がとてもおもしろかった。日本文化が大好きな高校生よりも、地方都市で雑貨屋をやっている若者の方が、私には興味を持てた。
そういう意味では、ハッピーエンドや村上春樹が大好きな人には、この『緑の歌』はおもしろいのかもしれない。
■栖来ひかりの本は、『時をかける台湾Y字路 ──記憶のワンダーランドへようこそ』(ヘウレーカ、2019)をまず読んだのだが、読んだ記憶はあれど内容の記憶がない。台北の道の話をこまごまと書いてあったとは思うのだが、「ああ、なるほどね」という共感がなかった。そうなる理由は、私の知識不足だ。その次に出た『台湾りずむ』(西日本出版社、2023)は、台湾の季寄せだ。たとえば立春、清明、大暑などの自然や風俗を描いている。グアバやライチ、そして阿里山で栽培されているミョウガの話。行事の話もあるから、風物詩ともいえる。
台湾が好きな人はこういう本は読まないだろうからあまり売れないとは思うが、台湾理解を深めるためには必要な本だ。
この本の重要参考資料になっているのが、『台湾俳句歳時記』(黄霊芝、言叢社、2003)も、やはり落ち着いたいい本だった。一方、台湾の日本語人(子供時代に日本語教育を受けた日本語話者)による短歌は、『台湾万葉集』(孤蓬万里、集英社、1994)があり、翌95年に『台湾万葉集 続編』が出た。どちらもすばらしい。編者孤蓬万里(こほうばんり)は、台北帝国大学卒の医師呉建堂のペンネームだ。1926年生まれ、98年没。『台湾万葉集』で菊池寛賞受賞。その半生を書いたのが、『孤蓬万里 半世紀』(孤蓬万里、集英社、1997)。『半世紀』というタイトルだが、出版の翌年に亡くなったのだから、『わが生涯』という内容だ。
この本にも実に多くの自作の短歌がおさめられている。日本人には作れないと思われるのが、例えば、これ。
寝台に潜みて阿片を吸う祖父の袂に甘き香りの残り居き
纏足の祖母は火籃(ひかご)を膝に置きわが腹巻を縫ひ呉れぬ
台湾だからということは関係のない歌なら、こういうのがある。
ずり下がる眼鏡押し上げて母は孫らの振る手に応ふ
「長生きをし過ぎちゃった」とはは言いて亡父に詫び居り卒寿の宴に
台湾の夜市が楽しいが、食べ物や買い物ガイドはもういらないと思ったら、次のステップにこういう本をじっくり読むようになるといいのだがと・・・。台湾に強い関心を持っている知人に、『台湾万葉集』を紹介したが、肌が合わなかったようだ。人それぞれに好みがあるから、しょうがないのだが、残念ではある。