■『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(若林正恭、文春文庫、2020)を読んでいて思い出したことと、気がついたことがある。かつて、中谷美紀の『インド旅行記』(幻冬舎文庫、2006)が出たころの、天下のクラマエ師こと蔵前仁一さんがこんなことをしゃべっていた。記憶で書くから、間違いなら訂正のコメントをください。
「まあ、おもしろい本だったけど、それは女優の、あの中谷美紀が書いた本という情報を加味したものでさあ、『プロのライターではない人が書いた』と思うから評価が高くなってしまう。もし、無名のライターか素人が書いた本だというだけの情報を得ていたら、評価は変わるような気がするんだ・・・」
つまり、「芸能人が書いた」という下駄をはかせて評価すると、高めの評価になってしまうということだ。私はその本を読んでいないから、その出来がどうかはまったくわからないが、芸人若林が書いたこの本を読んでいて、同じように思った。これが素人が書いた自費出版物なら、「そこそこよくできた本」という評価だが、プロの作品というレベルで考えると、けっして駄作ではないにしろ秀作とも佳作とも言い難い。
この本を読んで気がついたことというのは、いまどき珍しい時系列の旅行記だということだ。素人が書いた作文のように、家を出て空港に向かうという行動を時間経過とともに文章が進む。「朝起きて、歯を磨いて、朝ご飯を食べて・・・」というような文章を、小学生の作文というのだが、作者のキューバ旅行はそのように始まる。それが悪いというわけではないが、いまどき珍しいので印象に残った。蔵前さんのようなプロのライターが、このように出発の朝荷物の再確認をするところから旅行記が始まるなら、ぜひ読みたい。「シャンプーはどれにしようかなあ」とか、「パンツは3枚で足りるかなあ」とか、「もう1冊持っていく本はSFにしようかマンガにしようか・・・」なんて、出発の朝の迷いが書いたあったらおもしろそうだが、それは蔵前さんを知っている者の期待で、知らない人の文章だったら読む気を失うだろう。
『表参道の・・・』の単行本の内容にためらいがあったから、文庫の発売まで待ち、さらに何年もの月日が流れてから買ったから、取り上げるのがこんなに遅くなったのだ。
■インドの食文化をほとんど知らない。インド亜大陸の手を出すとメンドーなことになることがわかってるので、意識的に避けてきたのだが、書店で見つけたこの本をすぐに買った。レストランの料理でも、料理研究家の高級住宅の料理でもないのが気に入った。
この本もタイトルが長い。『知っておきたい! インドごはんの常識:イラストで見るマナー、文化、レシピ、ちょっといい話まで』(パンカジ・シャルマ・文、アリス・シャルバン・絵、サンドラ・サルマンジー・レシピ、関根光宏・訳、原書房、2023)には、写真は1枚もない。文章とイラストで構成されていて、おもに家庭の料理が紹介されている。台所のイラストから、コメの炊き方や調理用具など描かれている。決して詳しくないが、基礎知識を楽しく学ぶにはいいだろう。プレゼント用にもいい。
同じシリーズで『ベトナム』編と『韓国』編がある。『ベトナム』編はいずれ買いたいと思うが、韓国の食文化はある程度は基礎知識があり、より深い情報が欲しいから、この『韓国』編は、「まあ、いいか」。そういう意味で、もっと詳しい情報を読みたいという不満があったのが、『韓国―食の文化』(延恩株、桜美林大学出版会、2023)だ。「へー、そうなのか」と、初めて知った情報は酒のことだけだ。韓国人の酒といえばマッコリという時代が長く続いたが、1980年代に入り焼酎に変わり、今ではビールが1位だそうだ。コネストの情報はこれだ。
「韓国国税庁の統計によれば、1966年の酒類消費に占める割合はマッコリ73.7%、焼酎14%、ビール5%と続いていたのが、2021年にはビールが41.0%、焼酎40.1%、マッコリ5.8%と約50年で大きく変化しています」
韓国の食文化に関してはそこそこの知識があるが、韓国の街のことはほとんど知らない。だから、『ソウル おとなの社会見学』(大瀬留美子、亜紀書房、2022)は、ソウルを知らない私には詳しすぎた。観光ガイドが多い韓国本にしてが珍しくよく歩き調べた本だが、読者である私の基礎知識がお粗末すぎた。残念。これからソウル街歩きをやろうという人には、必携の書になるだろう。観光ガイド本だけでなく、この手の本がもっと出版されるといい。