1930話 『旅と酒とコリアンシネマ』

 

 日本語で書く韓国人ライター鄭銀淑(チョン・ウンスク)の著作は、出版されれば必ずチェックして、たいてい買う。いままでの最高傑作は、『マッコルリの旅』(東洋経済新報社、2007)だ。彼女は、韓国を書くライターのなかでは珍しく「おかしなカタカナ韓国語」(このコラムで何度も書いてきた日本人には発音できないカタカナ韓国語のこと)をほとんど書かないのだが、日本人が「マッコリ」と呼んでいる醸造酒を、現地の発音になるべく近く「マッコルリ」と表記した。大酒飲みの韓国人としては、「マッコリ」は許せなかったのだろう。

 この本のすばらしさは、アジア雑語林1554話(2021-03-06)で少し触れたが、名著だと思う。韓国全土飲み歩き旅が主軸だが、そこにマッコルリの歴史や、飲み屋の習慣やマナーを語っていく。私は酒を飲まないが、酒場文化や食文化の話など、興味深い話題が多かった。カラー写真も豊富なので、「見る食文化事典」の要素もある。

 その彼女の最新作が、『旅と酒とコリアンシネマ』(A PEOPLE株式会社:発行、ライスプレス:発売、2021)。一般読者には関係のないことだろうが、出版関係者としては気になることがある。発行元がどういう会社かわからないが、HPはある。発売元のHPはこれ。どちらもよくわからないが、まあいい。一般書店では見かけない本だから、ネットでの購入となる。アマゾンで調べると、私が称賛する本にしては珍しく、評価が高い。よしよし、だ。

 『マッコルリの旅』が、酒の旅だったが、今回はそれに映画が加わった。韓国映画の舞台になった場所で、酒を飲む旅。あるいは、酒が出てくる韓国映画の旅を書いている。俎上にのせた映画は22本だが、関連する映画も多数登場するから、全部で100本くらいになるだろうか。そのうち、私が見ているのは3割くらいかなと思いつつ読んでいると、タイトルを忘れているだけで、「あれ、この映画見たな」という作品も多く、4割以上は見ていることになりそうだ。

 私の映画の好みを簡単に説明できないのだが、苦手なのはホラーやアクション、そして芸術映画だ。芸術映画というのは、映画マニアや映画評論家が絶賛するような映画、あるいは純文学の映画化作品や映像作家の手による実験映画というようなものが苦手だ。「昼間から呑む」(2009)のように、「淡々と、時間が流れるだけ」という映画も苦手で、この本に登場する韓国映画は、映画マニア向け(映画祭上映作品のような映画)に偏りがちだが、おおむねおもしろそうだ。そう感じさせるのは、ごく短い映画紹介のうまさだ。例えば、ソル・ギョング主演の「熱血男児」(2006)の説明は、「復讐相手の故郷に乗り込んだ刺客がその母親と心を通わせてしまう」とある。で、ネットで予告編を見ると、たしかにおもしろそうだし、食文化資料にもなる。まったくタイトルも思い出せないが、逃走中の犯人を追う刑事が、犯人の母親と出会ってしまうという映画もあったなあなどと思い出す。あれは、なんだ?

 「ワンドゥギ」(2011)のサブタイトルは、「匂い立つ韓国庶民の生活感」とあって、高校生と担任教師の話という説明を読んで、ネットで予告編を見たら、「ああ、見ている。おもしろかった」。タイトルを忘れていたのだ。そういう映画がいくつも出てくる。

 私は物覚えが悪く、映画のタイトルや俳優の名を覚えないから、「一度見たら忘れない」ような俳優でないと、いつまでも覚えない。脇役俳優の場合はなおさらだ。ラ・ミランという俳優の名と顔を初めて認識したのは、連続ドラマ「応答せよ 1988」(2015~16放送)で、それ以前は「また出ているな、この人」とわかる程度で名前を確認しなかった。彼女のいままでの出演作を調べてみれば、映画出演第1作は、「チャングム」で話題になったイ・ヨンエが復讐の鬼となる「親切なクムジャさん」(2005)だ。第2作はちょっとおもしろい「恋の罠 淫乱書生」(2006)だ。韓国映画ファンの評価はどうか知らないが、これは私のお勧め作品だ。そのほか、ラ・ミランの出演リストを見ていくと、「ああ、これも、これも見た」となる。

 韓国映画をあまり見ていないという人でも、韓国に関する深い興味関心があれば、楽しく読むことができる本だが、私のようにネットで調べながら読むことをお勧めする。でも、韓国恋愛ドラマしか見ないという方には、「この本、つまんない」となるかもしれない。