1595話 本で床はまだ抜けないが その3

 

 雑誌「旅」で、戦後日本人海外旅行史を連載していたとき、旅行と映画、音楽、旅行記、放送、食べ物など各テーマをそれぞれ独立させて、いずれ単行本化したいと思っていた。例えば「映画と海外旅行」をテーマにした本なら、007シリーズや、石原裕次郎など日活映画や加山雄三の若大将映画と海外旅行にまつわる話に興味があり、出版のあてなどないが引き続き資料は集めていた。このときに、石原裕次郎関係の本をだいぶ読んだ。映画の場合はビデオを買っていたから、出費も多かったが、いままで無視していた映画ジャンルなので、それはそれで新鮮な驚きもあった。

 幸運なことに、天下のクラマエ師こと蔵前仁一さんのはからいで、旅行記の戦後史をテーマに文春新書から出せることになり、『旅行記でめぐる世界』(2003)となった。この新書が売れたら、次は放送や映画などほかのテーマで旅行史の新書を出したいと思っていたが、残念ながら初版も売り切れず、次回作どころではなかった。

 旅行史の研究時代のあと、図書購入冊数が急増したのは、大学で授業をやるようになってからだ。教授から、「どういう授業をしてもご自由に」と言っていただけたので、毎年テーマを考え、必要な資料を買い集めた。大学の図書館に欲しい資料はそれほど多くはなかったが、買うには高い英語の本などを図書館で借りて、必要部分をコピーした。同時に、ネットに載っている論文も次々にプリントアウトした。自宅でもアクセスできるのだが、インク代が高いので、大学の講師控室でせっせとプリントアウトした。

 この時代から、本はアマゾンとブックオフで買うことが多くなった。ブックオフで買うのはおもに文庫や新書で、完全に楽しみとしての読書用と、「資料として、一応買っておくか」と思う安い本だ。それまでのネット古書店からアマゾンに移行したのは、振り込みの手間と手数料がアマゾンにはないからだ。しかも、昔はアマゾンは「送料無料」だったから、うれしくなってどんどん買った。

 アマゾンに出品している古本のリストを見ていたら、関心分野の本だが、書店では見かけたことがない古い本を見つけて、安ければ次々と買った。さまざまなジャンルの本を買ったが、リストを見ているうちに、もう終わったはずの旅行史研究の興味が再燃焼して、1950~70年代の海外旅行資料を買い集めた。

 その昔、白陵社という出版社から、海外個人旅行関連本が多く出ており、この際、安ければ、その昔買い損ねた本を買っておこうと思った。

 参考までに、ちょっと書名を挙げておこう。こういう本はすでに持っていた。

『中近東・アジア教養旅行』(紅山雪夫、1969)

『若い人の海外旅行』(紅山雪夫、1969)

『800日間世界一周』(広瀬俊三、1970)

『私の見た中南米』(住安国雄、1970)

『インド・ネパール・セイロン』(紅山雪夫、1970)

『台湾・香港・マカオひとりある記』(久保田弘子、1973)

 この手の本は、現在アマゾンで1万円ほどの高値がついていることが多くなった。昔買った本を高く売って小遣いを稼ぎたい老人が出品したのだろうと推測している。

 1964年の海外旅行自由化に便乗したガイドも多数出版されている。ガイドと言っても、海外旅行はどういうものかを説明したような本だ。その一例。

『海外旅行テクニック』(笠置正明、実業之日本社、1963)

『海外旅行第一歩』(上野千鶴子ほか、珊瑚書房、1964)上野千鶴子は、もちろん元大学教授の方ではなく、1931年生まれの写真家。夫は自動車評論家の三本和彦

『女性のためのスマートな海外旅行ガイド』(装苑編集部編、文化服装学院出版局、1964)

 ツアー客相手のガイドではなく、貧乏な若者向けのガイドも次々と出版された。ネタ元は、国際ユースホステル連盟が発行した”International Youth Hostel Guide”。

『世界旅行あなたの番』(蜷川譲、二見書房、1963)

『世界旅行あなたの番』(蜷川譲、二見書房、1967)上の本の増補改訂新装版。

『世界留学あなたの番』(蜷川譲、二見書房、1967)

『世界旅行時刻表』(蜷川譲、二見書房、1970)

『実用世界旅行』(杉浦康・城厚司、山と渓谷社、1970)

『船旅への招待 ~外国航路全ガイド』(茂川敏夫編著、新声社)

 ちなみに、蜷川譲はフランス文学研究者で、その方面の著作も多い。

 ここに挙げた本は、観光学部がある立教大学新座校舎の図書館にはない。観光関連業者や役所の資料はある程度そろっているが、なんとしてでも外国に行きたいともがいていた1960~70年代の日本人の記録は揃えていない。観光学いうのは、観光で稼ぐ業者と管轄役所の学問だからだ。