前々回に、目立つことを嫌う大学生は、大過なく過ごしたいサラリーマンに似ているというようなことを書いた。考えてみれば、大学生のほとんどは卒業してサラリーマン(もちろん、公務員もサラリーマンだ)になるのだから、志向がサラリーマン的であるのは当然で、個性を殺す技を身につけているのは理解できる。
それで思い出したことがある。
大学ではレポートで成績を評価していた。ある年のテーマは、こうだ。
「ある場所で1年間過ごすことになりました。そこで何をするか考え、そのためにはいくら必要なのかといった渡航費や滞在費用などを計算して、その概要を2000字以内に書いてください」
出題者の意図は、ある場所について調べ、学校に行くならその費用やアパートを借りるならその家賃も調べることで、「ただの希望」を「具体的な滞在計画」にするというプラン作成である。これだと、コピペは難しい。
「大学卒業後、すでにフランス留学が決まっているので、私自身のことを書きます」という学生がいた。「ラスベガスでバクチ三昧をするということで・・・」と、抱腹絶倒のバカ話を書いた学生もいて、その内容よりも文章力に驚いた。この話を知人にしたら、「それ、小説のパクリくさいな」と言ったが、わたしが気がつかないのだから、問題ない。
私の期待に反して、そういう個性的なレポートは少なく、過半数はサラリーマンの滞在というよりも年金滞在者のような内容だった。
滞在場所は、南の暖かい海辺。住むことになるアパートの経営者は日本人か日本企業。近くに日本料理店や日本食の食材店があること。日本人経営の旅行社も近くにある。そういう地域で生活したい。
滞在地での過ごし方は、午前中は英語学校。午後はサーフィンやテニスかゴルフなど、そしてドライブ。夜はクラブ。
そういう学生のすべての要求を満たす場所は、沖縄だろう。英語学習は米兵相手か? 外国ではハワイのほか、タイやマレーシアの年金生活者村だろうか。
このレポートでわかったことは、旅行で外国に行くのはいいが、半年とか1年の滞在(あるいはひと月以上)は長すぎると学生は考えているのだろう。やりたいことがないのだ。
「長い旅を考えないのは、カネがないからだよ」という人がいるが、そうじゃないと思う。架空の設定だからというわけではない。
大谷翔平が話題になると、テレビの街頭インタビューで、「もし50億円の収入があったら、何に使いますか?」というのがあった。金額が80億円だったりするが、まあ、想像できない金額であることは確かだ。
インタビューに答える人は、「まず、住宅ローンを完済して、海外旅行だな」。「そうねえ、のんびり旅行でもしたいわね」などというものだ。つまり、1億円以上は想像できない金額なのだ。会社経営者なら「沼津の新工場を作るなら最低50億だな」などと考えるかもしれないし、不動産業者なら、ビルやマンションの一棟買いなどを想像するだろうが、多くの凡人にとって、想像できるのは、都内新築マンションの2億円くらいまでだろうか。
もちろん、私も想像できない。東京スカイツリーの建設費は400億円、総事業費は650億円という情報を読んでいて、「大谷なら、個人で払える金額だな」と思ったが、もちろん実感などない。
「のんびり海外旅行」にいくらかかるか、具体的に想像できないのだろうが、例え数百万円のカネを旅行に使っても「屁でもない」経済状態の人でも、「ギリシャの島で1年」などとは考えられないのだ。ギリシャが問題ではなく、外国の海辺でも高原でも、「ずっと、のんびり過ごす」のが苦痛なのだ。
外国で営業している日系旅行社の人からこういう話を聞いた。「無垢の自然」とか「ヤシと白いビーチの島」といったキャッチフレーズのリゾート地が希望という新婚夫婦を送り出すと、たいていすぐに事務所に電話がかかってくるのだという。
「何をすればいいのか?」
「何でも好きな事をしてお過ごしください」
「退屈だ。ショッピングセンターはないのか?」
「島には、ホテル以外ありません」
「もう我慢できない。迎えに来てくれ!」
日本人にとって、「のんびりする旅行」は、長くても数日あれば充分なのだ。私のようにサラリーマン街道を外れた者は、「旅行人」の読者たち同様、のんびりする楽しみ方がわかるのだが、それはまっとうな日本人(保守本流という意味だ)ではないということだ。
ヨーロッパのように、ひと月の夏休みは、多くの日本人にとって苦痛だろう。「会社に行くからカネをくれ」というのが大多数の意見だろう。多くの日本人、とくに30代以上の日本人にとっては、ひと月の夏休みなんか、うらやましくもないのだ。
ヨーロッパの大学は、フランスやドイツなどのように、授業料無料だから、親の負担が少ない。それほど(親が)稼がなくてもいいという現実はあるな。