2032話 読書ノート その2

 

 『ドイツ人の家屋』(坂井洲二、法政大学出版局、1998)は予想をはるかに超えて、読み応えのある本だった。その理由は、著者が建築研究者ではなく民俗学者だからだろう。私は日本のことしか考えない民俗学者をあまり評価をしていなかったが、著者はドイツに留学経験があり、ドイツの民俗学がむしろ専門のようだ。

 だから、ドイツの住宅の問題を論じても、日本の住宅史の解説がある。比較がある。私のような素人が読んでも、「なるほどなあ」と納得がいくのだ。ドイツのことだけでなく、日本の住宅史も少しはわかるようになる。

 日本の町とドイツの街の違いは、その密集度にある。ドイツでは城を作ると、城がある街全体を壁で囲む。城下町が城壁の内側にあるのだ。住民を外敵から守るために城壁で街を囲むと、街の面積は狭くなり、どうしても高層住宅にならざるを得ない。それが、西洋の街に集合住宅が密集している理由だ。

 日本では城壁は城だけを守るという思想だから、住宅は戸建てで広がる。江戸時代でも、2階建ての家は、旅館と遊郭だけで、その例外が、大坂や京都にある虫籠造り(むしこづくり)という低い2階がついた家だ。

 日本の農家に関しては、藩によって差があり、一概に言えばないが、板敷きの床を禁止して、土間にわらやムシロを敷いて寝ていた地域も少なくない。京都の亀山藩では一部では板敷きを認めたこともあるが、その面積は厳しく制限していた。屋根や庇などにも厳しい制限をつけたのは、そういうものを造る労力と資金力があるなら年貢をよこせという意味もあるが、武士との身分差を見せつけるためという意味もあったようだ。武士が威張りたいがために、住宅に制限をつけたのだ。

 この本には、針葉樹と広葉樹と建築の関係からログハウスや柱や板の話、そして屋根や煙の処理など話題が多岐にわたるから、雑情報が大好きな私の興味に応えてくれる。そういった話題を次々と紹介する余裕はないから、洗濯の話だけしておく。

 ドイツの家には地下室があり、ドイツ人にとって地下室はワインの保存庫と洗濯場を意味するという。そこから話題は、ドイツの洗濯の仕方に入る。建築家ではなく民俗学者だから、話題の方向は私好みに進む。

 19世紀までのドイツの洗濯は、ひと晩木灰入りの水につけ、翌日大鍋で煮込む。煮沸である。煮た洗濯物を絞り、桶に入れ、熱湯を注いでひと晩おく。3日目に水洗いをして、屋根裏部屋で干す。洗濯場を地下にしてもいいように、水を流せるように下水設備ができている。そして、湯を沸かすストーブを置くから、石の床や壁の地下室は防火という点でも優れているという。地下室のない集合住宅では、台所で湯を沸かし、煮沸していた。

 電気洗濯機の時代に入るのは1950年代以降だが、ドイツの洗濯機は湯沸かし機能があるという。そこで、ネット情報を探すと、日本に輸入されているドイツ製洗濯機のなかにも、たしかにそういう洗濯機はある。Miele(ミーレ)の「W1 洗濯機 WCI 660 WPS」だ。

 煮沸洗濯はドイツに限らずヨーロッパの特徴で、そこがアジアとは違うと書いているが、韓国でも煮沸洗濯をやることをご存じなかったようだ。例えば、これ。洗濯機にも、「煮沸機能」というボタンがあり、温水で洗濯できるようになっているそうだ。

 私が建築の本をよく読むのはこういう話を知りたいからで、有名建築家の作品を鑑賞したいからではない。