2034話 履歴書

 

 少年時代、へそ曲がりだからか、それとも目立ちたがり屋だからか、他人と同じような行動や考えをするのはつまらんと思っていたフシがある。20代になって植草甚一を読み、「他人のマネをして生きていくのはつまらない」といった意味のことが書いてあって、「そうだよなあ」と思った。

 20代も後半になると、ほかの人とは違う生き方をしたいといった感情は無くなり、ただ自分の好きなように生きていたら、いつの間にかほかの人とは違う生き方になっていたというだけのことで、意識してへそ曲がり人生を歩もうとしたのではない。

 もしも、1970年代に首都圏や京阪神地域でサラリーマンとしての人生を歩み始めた人は、毎日満員電車に揺られつつ、手にしたスポーツ新聞を小さく折りたたんで読み、週に何度か同僚と飲み接待の酒宴にも出て、ときどき接待ゴルフをして・・・というサラリーマン人生を突き進んでいったかもしれないが、私は中学生時代にすでにそういう人生から一歩外に踏み出す決心をしていた。背広は着ない。組織内で働かない。満員電車に乗らない。そういう生活を考えていた。

 だから、「その他大勢の人生」ではない人生を生きて来たと思っていたのだが、じつは平々凡々な人間だとわかった。自分の履歴書を想像したからだ。「趣味・特技」の欄には、こう書くはずだ。

 趣味・特技  読書、音楽鑑賞、映画鑑賞、旅行。特技ナシ。資格・免許ナシ。

 ウソ偽りなく、このとおりなのだ。世間で、「もっとも平凡でありきたりで、取り立てて取り上げる趣味ではない」というのが、読書など私の「趣味」である。もし面接を受けるなら、面接官の誰も質問することなく、「はい、ご苦労様、次の方!」となる履歴書だ。

 カルチャー教室などの広告にさまざまな趣味の講座が載っているが、興味のあるものはひとつもない。100以上ある講座の中で、「まあ、このなかで選ぶなら・・・」というのは、外国語講座くらいか。趣味も深い交友関係もない定年退職者を絵に描いたような私だ。しかも、酒を飲みに行くとか、テレビで時代劇を見るといった趣味もないから、なおいけない。

 もし、履歴書の「趣味」の欄に、「世界の蒸気機関車に乗ること」とか「ゾウムシの研究」とか「民芸品収集」などと書いてあれば、面接者少しは質問してくれるかもしれないが、私の趣味欄の記載事実なら、まず質問は出ない。百歩譲って、質問をしたとして、「最近読んだおもしろい本は?」とか「最近見て感動した映画は?」などと聞かれても、面接官の知っている作品が語られることは多分ないだろう。

 そうなのだ。私はいたって平々凡々な男である。野球に凝るとか、プラモデル作りに凝るとか、オーディオ趣味もカラオケ好きでもなく、取り立てて何という特色のない性癖なのだとわかって、ハッハッハ!と笑うしかない。履歴書ではなく、初対面の人に「ご趣味は?」と聞かれても回答は同じで、世間話が広がりそうもない。出身地を聞かれて、北海道や福岡なら話題があるかもしれないが、首都圏出身では話が進まない。サラリーマンでも営業職なら、相手に合わせて雑多な世間話を展開する技にたけているだろうが、私が話し相手だと苦労するだろう。