2048話 続・経年変化 その14

音楽 14 ポルトガル圏音楽

 ディスク・ユニオン新宿店ワールドミュージック館で買い込んだCDのほとんどは、まったくなじみのない歌手のものだったが、聞いてみればほとんど合格だった。買ったものの、聞いていすぐに捨てたCDはほとんどなかった。事前情報なしでも、驚くべき歩留まりだった。

 聞いてすぐに、そのすばらしさに茫然としてしまったCDが2枚あった。

Dulce Pontes "FADO PORTUGUÊS."という歌に心が奪われた。ポルトガルの歌手だとわかる。ドゥルス・ポンテスとカタカナ表記されるが、それでいいかという疑問はあるが、ここでは深入りしない。アルバムは“Caminhos”だ。「ファド・ポルトゥーゲーシュ」(ポルトガルのファド)というタイトルで、偉大なファド歌手アマリア・ロドリゲスのカバーなのだが、定型通りのファドではないことは素人の私でもわかる。

 感動したもうひとりの歌手は、Cesaria Evora“Cafe Atlantico”がいい。カーボ・ベルデの歌手だとわかるが、もちろん情報はない。セサリア・エボラのこんな歌声にやられた。たまらなく悲しい映画のラストシーンで流れているような曲だ。ポルトガルの元植民地カーボ・ベルデにこういう歌手がいることをまったく知らなかった。

 よし、ポルトガルカーボ・ベルデの音楽を求めて、ポルトガルに行こう。で、行った。

 リスボンでファド食堂を経営しているファド歌手にドゥルセ・ポンテの話を振ったら、「あんなのファド歌手なんかじゃない!」と強く否定した。そうだろうなと納得できるくらいには、ファドの知識ができていた。ファドは、形式的には、クラシックギターとギターラと呼ばれるポルトガルギターマンドリンのような高い音を奏でる)に歌手というのが最低限の構成らしい。ドゥルスは、ファドの形式からは外れているが、アマリア・ロドリゲスの伝承は受け継いでいることは、私にもわかる。リスボンでファドを聞いていると、結局、アマリアのカバーで食っていることがわかる。ニューオリンズのジャズのようなものだ。外国人観光客を喜ばすには、名曲カバーが最良の選択なのだが、ドゥルスは自分の歌を歌おうとしている。

 リスボンから帰ってしばらくして、NHK BSプレミアムの番組 「Amazing Voice 驚異の歌声」 (2011)で、ポルトガル・ファドの至宝 としてドゥルス・ポンテスが紹介されていたので、驚いたのだが、番組制作者も「ポルトガルの新しい潮流」を感じて彼女に注目したのだろう。

 リスボンに行けば、ファドはもちろん、カーボ・ベルデのCDはいくらでもあるだろうと思っていたのだが、大型CD店に行っても、十数枚あるだけだ。そんなものかとがっかりしていたのだが、ある日の露店市で数百枚のCDを並べている男がいて、アフリカ人の外見だから「もしや・・」と思って商品をチェックすると、たぶん、すべてカーボ・ベルデのCDだろう。特別安くはないが、ある程度の枚数は買える。20枚ほど買った。不勉強にも、その時は気がつかなかったが、路上のCD屋の商品には、カーボ・ベルデのほか、アンドラモザンビークギニアビサウなど元ポルトガル植民地の音楽が詰まったCDもあったのだろう。帰国してからそのことに気がつき、日本で「元ポルトガル植民地圏音楽」のCDを探すようになった。

 リスボンでファドとカーボ・ベルデのCDも買ったから50枚くらいになったから、そこから船便で送ろうと考えたが、送料がえらく高い。自分で運ぶことにすれば、そのカネでまだCDを買えると思い、さらに買ってしまった。

 リスボンで買った大量のCDを持って、バスでスペインに戻り、いくつかの都市で、この荷物を持って宿探しをやり、スペインでフラメンコのCDを買い、帰路タイに寄ってCDやVCDをまた買った。CD70枚か80枚を持って宿探しをする旅は、結構大変でしたよ。貧乏人は、旅先から気軽に荷物を送れない。CDケースは割れやすく重いから、荷造りの工夫も必要だ。

 今も、セザリアのCDは時々買っている。どれを買っても、あまり違いはないのだが、のんびりしたい気分の時は、堪能できる。夜、しっとりと音楽に浸りたいときは、彼女の歌がいい。かつて、CD1枚100円なら大特価だと思っていたのだが、いまならYoutubeでカーポベルデの歌でもマリの歌でも、たっぷり聞くことができる。音楽の表面だけ味わうわけだが、便利で安い。でも、ありがたみは無くなった。とはいえ、こんな歌あんな歌を紹介しておく。楽しんでくれるといいな。

 私が、「カーボ・ベルデの音楽がすばらしい」と大喜びしていたころ、すでに学術論文が発表されていたようだが、もちろん、私は知らない。その論文をもとにした単行本、『カーボ・ヴェルデのクレオール―歌謡モルナの変遷とクレオール・アイデンティティの形成』(青木敬、京都大学アフリカ地域研究センター、2017))が出ていることを今知ったので、さっそく注文した。ああ、また本が増える。