1625話 名前の話 その1

 

 オリンピックをちゃんと見ておけばよかった。競技の話ではなく、選手名の表示を確認したかったのだ。世界のどんな名前でも電光掲示板で表示できるシステムを知りたいからだ。

 ローマ字(ラテン文字)を使う言語が多いヨーロッパでは、オリンピックなどの国際大会での選手名表記に何の問題もないかというと、もちろんある。英語以外の言語には英語のアルファベット26文字以外に英語では使わない文字があったり、アクセントや発音を変える記号がつくものが多い。だから、スウェーデン語やデンマーク語の名前をそのまま電光掲示板に出すわけにはいかない。

 ネットで画像検索をすると、オリンピックの電光掲示板では国籍に関係なく、全選手名が「姓+名」の順で、姓は大文字で表記している(この情報の中に電光掲示板の写真あり)。これがいつからなのか、私はまったく知らない。しかし、国際放送の画面では、日本の選手名のローマ字表記は「名+姓」になっているという。

 日本のパスポートは、現在は「姓+名」の表記になっている。私のパスポートでは、1997年発行の小型青色パスポート以降は姓の下に名がくる2段表記になっている。それ以前は、1行で「名+姓」の順で表記するようになっている。余談だが、今、自分のパスポートを出して眺めていたら、現在のパスポートの有効期限が2022年4月だと確認した。今年11月になったら更新の手続きができる。忘れないでやっておかないと。いつまた使う機会がやってくるかわからないけどね。

 ネット情報をいくつか読むと、日本人名のローマ字表記は「名+姓」にすべしという意見を述べているのは、西洋迎合主義者と思われる人だ。西洋人と同じようにすれば、西洋人になった気分になれる人だ。

 外国人の名前の場合、まず、正式な表記がヨーロッパのかなりの国々や、アフリカや中南米公用語などのようにローマ字(ラテン文字)という場合と、アジアに多い非ローマ字の場合の違いがある。例えば、南北朝鮮の場合、正式表記は朝鮮語・韓国語によるものだが、対外的にはローマ字を使う。そのローマ字表記の規則は、両国ともあるようだが、どれだけ徹底されているものかよく知らない。多少は知っている韓国の場合は、あまり統一していないようだし、名前のローマ字表記はバラバラだ。漢字で書けば李という姓は、Ri、Ry、Rye、Li、Leeなど各自が勝手に表記している。北朝鮮なら、どう表記しても発音はカタカナで書けば「リ」になるのだが、韓国の場合は語頭のRやLは発音しない習慣があるので、「イ」となる。Leeなどとアメリカ人が喜びそうな表記をして、「ミスター・リー」などと英語で呼ばれてうれしがっていても、日本人が「リさん」といえば「イです」と訂正したがるだろう。ハングルが読めない外国人のためにローマ字表記をしているというのに、Leeで「イ」と呼べというのは無理だ。韓国語の表記では「リ」ではなく発音通り「イ」に変わっていて、正式には「I」が姓のローマ字表記なのだが、そういう表記は使いたがらない。例えば、俳優のイ・ビョンホンのHPはLEE BYUNG HUNだ。

 そういえば、HYUNDAIという自動車メーカーは、漢字では「現代」で発音は「ヒョンデ」なのだが、日本ではローマ字の綴りに合わせて「ヒュンダイ」と称していた。2020年に世界統一して「Hyeondae」と読ませることに決めたらしいが、英語表記は従来通り“Hyundai Moter Company”なのに、「ヒョンデと発音せよ」というのは無理だし、「Hyeondae」だって韓国人以外読めない。

 

1624話 「ハードルを上げる」というおかしな日本語

 多分、それほど古い言い方ではないだろう。ここ10年以内かもしれない。テレビなどでしばしば「ハードルを上げる」という言い方を耳にするのだが、これは変だ。陸上競技のハードルは、もっとも低いのは中学女子の762ミリで、もっとも高いのは一般男子の1067ミリだ。予選では高さ800ミリだったが、決勝では1100ミリに上げるということはない。高跳びはないのだから、競技の進行によってハードルの高さが変わることはない。だから、「バーを上げる」なら正しいのだが、そう表現した人を知らない。「ハードルが高い」も、いきなり高くなるわけではないから、やはり変な言い方だ。「敷居が高い」の誤用で使う場合ももちろん不適切だ。

 話はちょっとそれるが、その昔、大酒を飲むことを「メートルを上げる」と言っていた。なんだいこれはと思い調べてみると、「メートル」というのは、ガスや電気のメーター(自動計量器)のことで、酒量が増える→メーターの表示が上がるということらしい。そういえば、数十年前までよく使われていたのが、「おだを上げる」いう言葉だ。「おだ」とは「お題目」のことらしく、「酔って気炎を上げる」という意味で、またしても「上げる」だ。「メートル」は「おだ」や「気炎」との関連で「上げる」という表現になったのかもしれない。現在でもよく使う「上げる」は、「ギアを上げる」があり、自動車のマニュアル運転経験者世代にはわかる表現だろう。

 さて、話をもどして、「ハードルを上げる」だ。ハードル(hurdle)とは、垣根、障害といった意味があり、それが陸上競技の「障害走」となった。だから、英語では、”a high hurdle”(高い障害)という言い方はするらしい。「上げる」のは”set a high bar”のように「バーを高くする」であって、ハードルではない。

 さらに調べると、”raise the hurdle”という表現があるが、これは「ハードルを上げる」ではなく「難易度を上げる」といった意味で、陸上競技のハードルではなく、本来の意味の「障害」という意味だ。テレビタレントたちが使う「ハードルが高い」「ハードルを上げる」が、英語表現の直訳なのかどうか、わからない。

 以上のようなことを調べているなかで出会ったサイトが、「間違え易い日本語」というものだ。誰が書いているのか明示していないのだが、URLから追跡すると、京都大学数理解析研究所に行きあたるのだが、この研究所の活動と「間違え易い日本語」との関係がまったくわからないが、このサイトを読み進む。

 出版関係者なら当然知っているべき基礎知識レベルのものもあるが、「へえ、そうなの?」と初めて知ることもあった。

 「血税」のもともとの意味は、「兵役」だったというのを知り、確認の調査をしているうちに、中学の歴史教科書の脚注にそういう記述があったような気がしてきた。

号泣
×激しく泣く
○大声で泣く

としているが、直立不動で大声で泣くのが「号泣」で、体をゆすり動かしたら「号泣」じゃないと受け取れる解説は、「どうも違うなあ」という気がする。

牛車
×ぎゅうしゃ
○ぎっしゃ

としているが、平安貴族などが乗っていた乗り物は「ぎっしゃ」だが、例えばアフリカや中南米で馬車のように牛が引く車は「ぎゅうしゃ」だろう。

×アタッシュケース

アタッシェケース

フランス語Attache(アクセント記号省略) 語源だから「アタッシェ」が正しいのだが、もはや慣用で「アタッシュでも可」だろう。同じような例が、窓枠などの「サッシ」だろう。これは英語のSASHだから「サッシュ」が正しい。だから、業界の団体は、1947年に「任意団体日本サッシュ協会」が発足したのだが、言いにくかったのか、1959年に「社団法人日本サッシ協会」に改称している。だから、建築業界では「サッシ」が正しいということになっている。

『間違え易い日本語』の記述をいちいち取り上げるとキリがないので、ここまで。あとは皆さま、サイトでお楽しみください。

 

1623話 詭弁のことなど

 

 BSNHKで随時放送している「世界のドキュメント」は割とよく見ている。「見たい」と興味を持った作品で、「なんだ、これは!」と失望した記憶はないから、どれも我が基準の平均点は超えているということだろう。

 8月に放送した「地球温暖化はウソ? 世論を動かす“プロ”の暗躍」というタイトルのデンマークの作品が印象に残った。

 舞台はアメリカ。「地球温暖化などウソだ」と主張する人々の背景には、エクソン・モービルをはじめとする石油メジャーがいることは容易に想像がつくが、石油会社からカネをもらった言論人はマスコミでどのような主張をしてきたのかという検証をしている。

 「植物は二酸化炭素を吸って育つ。だから、二酸化炭素を大量に吐き出すと、地球の緑化に大いに役立つ」などといった主張だ。こういう主張をする人は科学者ではない。科学の知識など必要ないのだ。大衆は正しい説を期待しているのではなく、わかりやすくおもしろい話を聞きたがっているのだというのが、彼らの主張だ。科学者が具体的な数字や統計や論文をあげて反証しても、テレビを見ている人には退屈なだけだという主張は、よくわかる。これを英語では“Trump”というのだろうし、日本語では「安倍」など何人もの顔が浮かぶ。

 あるいは、血液型性格判断とか姓名判断といったものが、科学的にいかにインチキかと解説したところで、信じ込んでしまった人には「真実」など無意味なのだということにも似ている。だから、おもしろい話や分かりやすい話は危険なのだ。という具合に、いろいろ連想させてくれる。

 幸運にも、この番組は再放送されるから、内容の詳しい紹介はしない。9月6日(月)午後3:05ほか 放送予定へ 

 

 上記のドキュメント番組は録画しておいて見たのだが、見た後「再度見ることはないな」と思い削除した。録画したほとんどの番組は見たあと削除してしまうが、映画の場合は、半分くらいは見てすぐ削除するが、残りの半分はしばらく保留して、「DVDに録画しておくか」ということになる。できればブルーレイにしたいのだが、デッキのブルーレイが読み取り不能になっているので、しかたなくDVDを使っている。家電量販店に行くと、ここ数年で売り場の重要度がDVDからブルーレイに移っているような気がする。

 問題はここからだ。「削除するには忍びない」と思える佳作名作あるいは「一応資料として」という映画まで録画して保存しているのだが、実は見直すことはほとんどない。つい先日、珍しく見直したくなった映画があったので棚のDVDをチェックしたら、雑誌の紹介記事は挟んであったが、DVD本体はなかった。おもしろい映画だったので、友人にあげたのだと思う。

 録画しても見直すことが少ないという思いが強まり、最近は「録画しておく」という基準が高くなり、「これは、いいや」とHDDから削除することが多くなった。だから、ブルーレイ対応デッキに買い替えようとは思わないのだ。

 ついでだから、オーディオの話もしておこうか。2年前に買ったDENONのCDデッキが壊れた。トレイの開閉ができなくなったのだ。修理を依頼すると1万5000円くらいしそうで、それなら前々から欲しいと思っていたビクターのウッドコーンスピーカーのコンポを、「この機会だから」と買ってしまった。CDデッキも新しくなった(すでに生産終了製品だが)。

 で、音がどうだったかといえば、30年使ってきたパイオニアのスピーカーの方がいい音かもしれない。ウッドコーンスピーカーのすばらしさは、神田三省堂本店の入り口で時々デモンストレーションをやっていたビクターEX-B1の音に驚いたのだが、高い。むかし、新品で30万円弱だった。で、「もっと安いのを」ということで買ったのは、悪い音ではないが、30年落ちのパイオニアを越えなかった。しかし、このパイオニア、ベースのソロのような重低音になると音が割れることがあるので、スピーカーも買い替えようと思ったのだ。

 CDやDVDデッキのトレイの不具合は、Youtubeに修理方法がいくつか出ているが、多分、私の腕では無理かもしれない。我が家のDVDデッキだって、ブルーレイを読み込まないから、蓋を外して、ブルーレイ用のレンズを磨けばいいのだろうが、壊したらDVDも使えなくなる。そうそう、ブルーレイを読み込まない場合の対処法をネットで調べると、「掃除用のディスクを入れろ」というのが多いのだが、ブルーレイを読み込まないのだから、掃除用ディスクも受け付けず、「ディスクを入れてください」という表示が出るのだ。

1622話 本で床はまだ抜けないが その30(最終回)

 図書購入台帳 その6

 

 注文していた『北欧建築紀行』(和田菜穂子、山川出版社、2013)と『世界の野外博物館』(杉本尚次、学芸出版社、2000)が届いた。建築物の旅ガイドだから、旅に出かけられるようになるまでは、実用書としては使えない。野外博物館というのは、伝統的家屋を移築あるいは新築し、そこでの生活を紹介するような博物館で、バルト三国の野外建築博物館をすべて訪問し、楽しんだのでこういう本を買った。実は博物館のガイドではなく、時代ごとの住宅とそこでの生活資料を読みたかったのだがなかなか見つからないので、とりあえずこの2冊を注文したのだ。バルト三国の野外博物館にしても、ガイドブックもリーフレットさえない。私が世界住宅史にまるで疎いので、目にしている昔の住宅の情報をほとんど読み取れない。

 北欧に野外博物館が多い理由は、キリスト教が浸透するのが遅かったので、キリスト教以前の文化が残っていて、それを保存しようという動きがあるかららしい。アメリカの場合は、カウンターカルチャー、あるいはヒッピー文化の影響で、機械文明よりも手工芸など「自然とともに生きる」という発想や少数民族への関心が野外博物館建設の発想にあったらしい。有名建築家の作品鑑賞本などより、こういう内容の本の方がはるかに興味深い。

 この2冊を図書台帳に記入した。図書館のように本にラベルを貼るわけではないが、通し番号は台帳につけている。この2冊が、9999冊目と10000冊目になる。

 だからと言って、これで蔵書が1万冊になったというわけではない。買ったが、台帳に記入していない本はいくらでもある。買って、「なんだ、これ!」という内容だった本はすぐ捨てた。ブックオフで100円で買った本に多い。

 おもしろいが、すぐ処分することがわかっているマンガは記帳していない。旅行しようかと思う場所を中心に『ゴルゴ13』を何冊も買っている(ラトビア編も読んだ)。機内で読むために、『三丁目の夕日』(西岸良平)や『人間交差点』(弘兼 憲史+矢島正雄)や『築地魚河岸三代目』(はじもとみつお)ほか多数。まとめて買って、まとめて処分したのは『博多っ子純情』(長谷川法世)34巻。ブックオフに行けば、今も探して買っているのが、いしいひさいち東海林さだおなど。痛みの激しい「世界の秘境シリーズ」(双葉社)13冊を古本屋でまとめて買って読んだ話は、この雑語林の193話以降何回か書いている。文章にしたあと、置き場所に困って、捨てた。「話の特集」や「面白半分」や「旅行人」などの雑誌は、記帳していないが、捨ててもいない。

 映画や博物館・美術館のパンフレットや図録も図書台帳に記入していないことが多い。すぐすてるわけではないが、なぜか記帳していない。そのほか、すでに書いたように、記帳を忘れただけという本もある。

 だから、「いままでに買った本」ということでは1万冊ははるかに超えるが、処分した本も多いので、現在何冊ウチにあるのかわからない。一般市民のレベルで言えば蔵書が多いのは明らかだが、研究者や文筆家やコレクターのレベルでいえば、「多いとはまったく思えない」というレベルだろう。蔵書数など謙遜でも自慢でもなく、「ただ、ある」と言うだけのことだ。私は、読むことよりも買うことの方がずっと重要なコレクターではないから、古書店主が喜ぶ蔵書ではないが、それを恥ずかしいとも思わない。十代からずっと、読みたい本を読んできただけだのことで、自慢したくて本を買ってきたわけじゃない。

 『世界の野外博物館』の参考文献リストから、私の関心分野に近い本を探した。『建築巡礼4 ヨーロッパの民家』(太田邦夫、丸善、1988)と、『世界の住まいと暮らし』(服部岑生編著、放送大学振興会、1999)の2冊を注文し、すぐさま読んだ。引き続き建築の本を調べて、おもしろそうな本をアマゾンの「ほしい物リスト」に入れているのだが、建築の本は高い、ああ。並行して、食文化関連書にも手を伸ばしている。藤原辰史(京都大学)の2冊、『給食の歴史』(岩波新書、2018)と『ラクターの世界史』(中公新書、2017)もすでに届いた。この2冊の新書をすぐ読むのはもったいないので、買ったまま山に積んでいる本の中から、『藝人という生き方』矢野誠一)、『タモリのTOKYO坂道美学入門』(タモリ)、『海外ビジネス案内』ダイヤモンド社、1964)や文庫加筆分を読みたかったので買った『物語を忘れた外国語』(黒田龍之介、新潮文庫)などを片っ端から読み飛ばす休息読書。いわば、間食である。きょうは『ごっくん青空ビール雲』(椎名誠)を読んで、いよいよ明日から藤原辰史に取り掛かり、おもしろければ『稲の大東亜共栄圏』などを注文する予定。

 こうして本は増え続けているから、「1万冊目」など単なる過去の通過点で、何の意味もないのだが、「前川は、いったいどれだけ持っているんだ」と知りたい読者がいるかもしれないので、サービスで一応書いておいただけだ。渡航回数や訪問国数などと同じように、もちろん、まったく意味のない数字だ。

 というわけで、連載「本で床はまだ抜けないが」は今回で終了。更新は、しばらく夏休みです。

1621話 本で床はまだ抜けないが その29

 図書購入台帳 その5

 

 22日(日曜日)に、2度目のコロナワクチン接種のため病院に行く。2回目の副反応は強いという噂あり。若いと反応が強く、老いていると反応が弱いというが、個人差が激しいらしく、私の体はどう反応するのだろう。

 私と同年配くらいの医者の問診。

「1回目のあと、発熱などの症状はありましたか?」

「いえ、まったく」

「ええ、そうでしょう。60を過ぎるとね、発熱する元気はないですから・・」

「えっ?」

「いや、ホントなんですよ。若いとワクチンに対して強く反応するんですが、60を過ぎると、そんな元気もなくなって、副反応はほとんどないんです」

 接種後、百人並みの老人力を発揮して、ワクチンと不戦条約を結んだ結果、あの医者が言った通り、今のところ異常なし。若くないことを喜んでいいのやら。

 さて、図書台帳の話の続きだ。

1971に買った本の一部。

800日間世界一周』(広瀬俊三)。旅行記をある程度読んで気がついたことは、書名に「世界一周」とあったり、自分の旅を数字で表現している本はつまらんということだ。「世界85か国訪問」とか「海外渡航50回以上」などと「著者紹介」にある本も同様。

 近頃、書名に「世界一周」の語が入った本が、ひと山いくらで売れるほど出版されていて、おもしろくないと思ってまったく手を出していないのだが、秀作傑作はあるのだろうか。地球をひと回りしたくらいで「世界一周」なんて言うんじゃないぞ。世界はそんなに狭いのかと、ひとこと蛇足を言いたい気分。

アメリカ留学への道』(福田邦彦)。アメリカに行きたかったのではない。日本を出たかったのだ。

脱にっぽんガイド』(牛島秀彦)

若い人の海外旅行』(紅山雪夫)。役に立ったという記憶はない。こういうガイドよりも、エッセイのほうが影響力が強い。

秘境探検』(青柳真知子他)

インドで考えたこと』(堀田善衛)。この本の記憶はほとんどないが、ずっと後になってスペイン現代史を調べるようになって、堀田の本を何冊も読むようになる。

インドで暮らす』(石田保昭)。この本の記憶もない。

インド史』(山本達郎)。高校を卒業したら、カネを作ってインドに行く計画だった。

アフガニスタンの農村から』(大野盛雄)

東京いい店うまい店』(文藝春秋編)。国会図書館の蔵書では、1974年版がもっとも古いが、私は71年に買っているのだから、その本じゃない。私が買ったのは、多分1967年の輝かしき初版。次の本と同じように、東京の外国料理店資料として買った(もちろん、古本屋で二束三文だったから買ったのだが)。

日本で味わえる世界の味』(保育社)。高校時代から、旅と食文化の二本立てだった。のちに『異国憧憬』(2003)を書くときに、「日本人の外国料理体験」の資料として、この時代に買った本が役に立った。だから、「断捨離」は過去を学ばない者の生き方なのだ。

何でも見てやろう』(小田実)。69年に買っていたのだと、たった今知った。買ったが「理屈っぽいな」と思って、読まなかったのだと思う。この本のすばらしさに気がつくのは、ずっと後になってからだ。

北米体験再考』(鶴見俊輔)。次の、キング牧師の本とも関連し、アメリカ現代史の参考書。

自由への大いなる歩み』(M.L.キング)。1959年に出版されたこの岩波新書を読んだ71年には、キング牧師はすでに暗殺されていた(1968年)。この新書のあとすぐに、マルカムXやブラックパンサーなどの本を買うようになる。R&Bやジャズへの興味が、黒人から見たアメリカ史をまとめて読んでみようという動機だった。猿谷要吉田ルイ子なども読んでいたが、不思議に「アメリカに行こう」とは思わなかった。アメリカ黒人史の資料を読んでいて興味を持ったひとりがマーカス・ガーベイなのだが、資料が少なくたいしたことはわからなかった。数年後にレゲエ関連で取り上げられるようになり驚いた。それから40年以上たち、なんと日本版ウィキペディアに取り上げられるほど日本でも知名度が高くなったようだ。そして、やっと本格的な研究書が世に出たと朝日新聞(2021,8,21)の読書欄で知った。『マーカス・ガーヴェイと「想像の帝国」』(荒木圭子)だ。黒龍会内田良平らが関心を持っていたと、生井英考の紹介文で書いている。アメリカの「Back to Africa」運動と日本のアジア主義者がつながろうとしていたのだ。

 以上が半世紀前の図書購入リストの一部だ。このころは、買った本はほとんど読んでいた。買った本のほかに、図書室で借りて読んだ本も多いのだが、そのリストは作っていない。

 このまま1年に買った本のなかから10冊紹介するとしても、あと50年分あるから500冊にもなる。1年に20冊ずつなら、1000冊だ。2年で1話分でも、25話も続くことになる。それはあまり楽しい作業とは思えないので、この辺でやめておく。

 次回が最終回

 

1620話 本で床はまだ抜けないが その28

 図書購入台帳 その4

 

 1969に買った本の一部。

ヨーロッパ・ケチョンケチョン』(遠山景久)。著者はいろいろあった人。自称、「遠山の金さん」の末裔。この文章を書いているたった今、崩れそうな本の山の補強をしていたら、その山の最深部にこの本があった。1969年から山に埋もれていたわけではもちろんない。本の見返しを見ると、神保町湘南堂書店の価格ラベルが貼ってあり、鉛筆で「200」と売値が書いてある。ウチで埋もれている本を探すのはめんどうなので買ったのだと思うが、再読した形跡はない。ゴーストライターに書かせた金持ちの本だ。

とらいある・あんど・えらー 文なしで成功した米国留学と世界旅行』(名手孝之)

アラビア遊牧民』(本多勝一)。1966年に出たこの本が、「極限の民族」三部作の最後にあたる。本多は、これで、探検部・文化人類学的作品を離れて、ベトナムアメリカを書くようになる。そういう本多の動きとはまったく関係ないのだが、私もしだいに都市散歩や雑学に深い興味を抱くようになる。別の言い方をすれば、「読む旅」から「実際に行く旅」へと意識が変わり、探検隊や調査団の記録を読むよりも、「ぶらりひとり旅」の本を選ぶようになる。『ぼくは散歩と雑学が好き』(植草甚一晶文社、1970)を読むのは、たぶん1972年だ。

未知の裸族ラピチ』(飯山達雄)。著者は戦前から活躍してきた写真家。

アパート天国・魔法ビン文化 ソ連中共カメラ旅行』(石山四郎)。著者はのちにダイヤモンド社の社長。

Y.H.旅行 全国140コース』。ユースホステルガイドだ。数年後には、外国で使える“International Youth Hostel Guide”を買うことになる。この小冊子が、当時最高の世界旅行ガイドだった。有楽町そごうのなかにユースホステルの案内所があったなあ。

 1969年に買った本のリストを眺めていて、重要な本が抜けていることに気がついた。その後の私の生きる方向を決めるきっかけとなった『食生活を探検する』(石毛直道)が記入漏れなのだ。この本が出た1969年に買ったことはよく覚えている。新聞の書籍広告で見て、本屋に注文したのも覚えている。この本が記入漏れになった理由は単純で、買ったその日の夜に台帳に記入しなかったからだ。買ってすぐに読み始めたり、未記入のまま「未読」の棚に入れてしまうと、そのまま記録に残らないことになる。たまたま『食生活を探検する』がそういう1冊になってしまったということだ。

 

 1970に買った本の一部

英単語の基本活用』(細川泉二郎)

英語に強くなる本』(岩田一男

コンサイス仏和辞典』(丸山順太郎)。「世界旅行のために、外国語を学ぼう」などと思い、本を買ったのだが、ほとんど勉強せず。外国語は必要にならないと、学ばないという教訓。NHKのテレビやラジオの「英会話講座」のテキストも買っているが、いずれも4月号を買っただけで終わったという「あるある」。

なんでも食ってやろう』(松本邦夫)。いわゆる「ゲテモノ」喰いの本だったと思う。

記者読本』(木下健二)

ジャーナリズム入門』(扇谷正造)。事件を追う新聞記者には興味がなかった。政治経済スポーツなどにも興味はなかった。成績が飛びぬけて悪い生徒だから、将来新聞社に就職できるとは思えないし、頭脳の出来を云々する以前に、そもそも会社勤めをする気もなかったから、新聞記者になることなど考えたこともなかった。やりたい職業は、今の言葉で言えばフリーのライターなのだが、当時、そんな職業を知らなかった。「ノンフィクションライター」という語はまだない。「ルポライター」という造語はあった。他人事のようだが、どうやら広い意味のライターに興味はあったのかもしれないが、将来の職業のことはほとんど考えていなかったというのが、ホントの話。

 好きな本を読み、好きな映画を見て、好きな場所を旅行することしか考えていなかった。雑誌などにそういう文章を書いている人は、映画監督だったり大学教授だったり、元新聞記者だったり小説家や芸能人だから、自分がなれる職業ではなかったというのが事実ではあるが、自分にできそうな職業のことなど考えていなかった。ただ、「いずれ旅を」と考えていた。本と映画と旅行と生活資金が稼げるなら、仕事など何でもいいと思っていたフシがある。

 

1619話 本で床はまだ抜けないが その27

 図書購入台帳 その3

 

 1968に買った本の一部がこれだ。

世界の料理』(西岡秀雄)。内容の記憶ナシ。本格的に世界の料理を視野に入れた本が出るのは、1970年代の翻訳書『タイムライフ 世界の料理』を経て、1980年代に刊行が始まる「朝日百科 世界の食べもの」まで待たなければならない。著者の慶大教授は食べる話と出す話に興味があったらしく、『味で探る世界の文化』(1990)などと同時に、『トイレットペーパーの文化誌』(1993)や『絵解き 世界のおもしろトイレ事情』(1998)などを書いているのだが、漫談の域を出なかった。

正続 南ベトナム戦争従軍記』(岡村昭彦)

ヨーロッパの味』(辻静雄)。内容の記憶はあるが、私には縁のない料理の数々。

ソ連・なんでも聞いてみよう』(ノーボスチ通信社)。あのころソビエト関連の本を何冊か読んでいるが、共産主義に共鳴したわけではまったくなく、いろいろ隠している国の内情を知りたいとちょっと思っただけだ。

世界の旅』(阿川弘之)。『世界の旅』全10巻(中央公論社、1961)のうちの第1巻

「日本出発」編。30年以上のちに、日本人の海外旅行体験の資料としてほかの巻も買うようになった。そのとき、この第1巻をまた買っている。昔買ったことは忘れていた。もし覚えていたとしても、蔵書からその本を探せないのだから、同じことだ。

裸足の王国 日本女性アフリカ駐在記』(福本昭子・松本真理子)。エチオピアで宮廷女官になった日本人の滞在記。光文社のカッパブックスは、当時、この手の非欧米世界の滞在記・冒険記を何冊か出していた。

外国拝見』(門田勲)。著者は朝日新聞社の有名記者。

ふうらい坊留学記』(ミッキー安川)。版元や書名を変えて売れた留学記。売れた理由のひとつは、ゴーストライターの腕前のおかげだろう。

南極越冬記』(西堀栄三郎)。晩年の著者は、なぜか統一教会に近い行動をしていた。

未開民族を探る』(吉田禎吾)。現代教養文庫の1冊。この時代、カッパブックス教養文庫中公新書&文庫などに、非欧米モノがいくらでも出ていた時代だった。もう少し時代が下ると、NHKブックスもそのラインアップに加わる。「探検と冒険の時代」だったとわかる。『朝日講座 探検と冒険』全8巻の刊行は、1972年。古本屋で見つけたら1巻ずつ買っていたが、第1巻「アフリカ」を買ったのは、与論島朝日新聞売店だった。1975年春、与論高校の建築工事をしていた。

カナダ・エスキモー』(本多勝一)。『ニューギニア高地人』や『アラビア遊牧民』同様、記憶に残っているのは食生活に関する記述だ。

アフリカの魔法医』(本田一二)

海外特派員』青木正久)。元東京新聞特派員。退職後、自民党国会議員。

アフリカ大陸』(今西錦司)。ここで紹介している外国モノの多くは、海外旅行自由化以前に特別の許可を得て出国している著者によるものだ。

知られざる大地』(アルダン・セミョノフ著、加藤九祚訳)。極北探検家の生涯。寒い土地に行きたいとは、もちろん思っていないが・・・。

夜間飛行』(サン・テクジュペリ著、堀口大學訳)。『星の王子さま』ではないのが、のちの旅行ライターらしい。