3話 バンコクの週末市場

 

  バンコクのドン・ムアン空港から都心に向かう途中にチャトゥーチャックという地区があり、そこに週末市場がある。初めはおもに食料品と衣料品を売る露店が 多かった。店は巨大なビ−チパラソルのような傘を立てるか、簡単なテント張りのものだったから、雨が降ると、テントの低い部分に雨水がたまりテントが倒れ たり、滝となって雨水が降り注いだ。
 週末市場に人気が集まり、人出が多くなると、次第に恒久的な建物が作られるようになり、雨の心配はなくなった。市場での商売はやり方しだいでは確実に儲 かることがわかり、出店の権利が高額で取引されるようになった。いまでもこの市場は拡大を続け、裏側にも新しい店舗が生まれている。ちゃんとした建物で日 本料理店もできていたから。もはや「週末」だけの営業ではなくなったようだ。
 この週末市場は、もともとは王宮前広場で開かれていたものだ。その起源はどうやらタイ各地の物産販売を目的としたものらしい。1982年に「バンコク遷 都200年祭」の行事が王宮前広場で開催されることになり、週末市場は現在の地に移転した。ここ20年ほどのバンコクしか知らない人は、往時の週末市場は 沢木耕太郎の『深夜特急』でしか、その様子をうかがうことができない。そう思っていたのだが、先日、息を飲んだ。懐かしの週末市場の映像を偶然目にしたの である。
 日活映画「太陽への脱出」のビデオを見たのだ。これは1963年の作品で、主演は石原裕次郎。タイでロケしたアクション映画で、内容はけっこういい。裕 次郎は謎の武器商人の役で、割とうまいタイ語をしゃベっている。63年当時のバンコクの風景が出てくるのも魅力のひとつで、そのなかに王宮前広場の週末市 場を歩くシーンが出てくる。私が知っている70年代のものと変わりがない。予想も期待もしていなかったシーンなので、テレビの画面を見つめながら、心が熱 くなった。
 このビデオは、3800円で今でも手に入る。レンタルはないらしい。タイでロケした日本映画はいくらもあるが、この作品がもっともよくできている。それだけでなく、往時のタイの風景を映像で確認できることでも、買って損のないビデオである。