6話 気になる言葉


 ある言葉を「間違いだ」というのは難しいもので、かつては「間違い」とされた言葉でも、時代の変化で「正しい」とされる例などいくらでもある。それはわかった上で、それでもひとこと言っておきたくなることがある。
 例えば、「アルファベット」という語だ。このアルファべットという語をローマ字の意味で使う人がいる。「タイ語で書いてある看板の下に、アルファベット でも表記してある」といったような使い方をしたものにときどき出会う。これが気になる。アルファベットとは、日本語なら「あいうえお」の五十音、英語なら 「abc……」の26文字の体系のことだろう。だから、アルファベティカリーという英語は、「アルファベット順、abc順」という意味だ。日本語や中国語 をローマ字で書くことは、「ローマナイズ」(ローマ字化する)であって、「アルファベット化する」とは言わない。
 先日、朝日新聞を読んでいたら、コンピューター関連の記事のなかに、「日本語とアルファベットの切替えが……」といった文章があって、ついに新聞までこ んなことになってしまったのかとガックリきた。広辞苑で確認すると、(1)「文字が音素を表す文字体系の総称」 (2)「ローマ字、特に英語で用いる26文字のこと」となっている。この(2)の説明は承服できない。
 英語といえば、英語の新聞を「英字新聞」というのもいやだ。「フランス字新聞」だの「ドイツ字新聞」などとはいわないのだから、「英字新聞」という表記 はおかしい。かつて、原稿に「英語新聞は……」と書いたら、編集者が誤字だと思って勝手に「英字新聞」と書き替えてしまったことがある。「英字新聞」とい う表記が慣用になっているのは承知しているが、だからといって慣用に従う気はない。
 そういえば、コンピューター用語の「コンピュータ」とか「プリンタ」といった表記も嫌いだ。「嫌いだ」と言っても、世の趨勢はどんどん嫌な方向に進んで いくだろう。官僚や大企業の人間や広告業界の連中が、やたらに外国語を使ってわけのわからないカタカナ語を増産し、次に理科系の連中がコンピューターを広 める過程で日本語を破壊している。だから、「私はそういう言葉は使わない」というだけのささやかな抵抗をしているのである。