11話 『東南アジアの三輪車』をめぐる本 2


  原稿はすぐに書き終えた。当時は手書きだったから、書き終えた原稿を段ボール箱に入れ、宅配便で旅行人編集部に送った。編集者であり、発行人であり、デザ イナーでもある蔵前さんの尽力で、半年ほどかかって本になった。1999年のことだ。なにしろ原稿が手書きだから、コンピューターに打ち込むだけでもけっ こう手間がかかるのである。
 本ができて、蔵前さんはニューヨークに旅立った。一カ月後、帰国したばかりの蔵前さんが電話をくれて、旅の雑談をした。そのなかに、気にかかる話があった。
「ニューヨークの本屋で、三輪車の本を見つけたんだよ。写真がいっぱい入っている本でさ、前川さんに買って帰ろうと思いながら本探しをやっているうちにコロッと忘れちゃって、まあ、買ってこられなかったというわけなんだけど……」
「それ、参考になりそうな情報が詰まっていた?」
「いや、写真中心なんだけど、アジアの三輪自転車の本だった。書名も出版社名も確認してないんだ」
 私の本より早く、三輪車の本を出した人がいたのだ。写真中心だというから、私の本が出る前にその本を入手していても、参考になったかどうかわからない が、それでも目を通しておきたかった。東京でも、バンコクでも、ジャカルタでも、三輪車関係の資料はないかと探しているが、そんな本には気がつかなかっ た。わざわざニューヨークまで買いに行く気はないが、できれば読んでみたい。だが、書名も出版社名もわからないのだから、日本では探しようがない。
 東南アジアで、サームロー、トゥクトゥク、ベチャ、シクロ、リキシャなどと呼ばれてる人力車や三輪自転車や三輪自動車に関する直接的な資料はあまりな かった。あれほどおもしろい交通機関について歴史を踏まえてきちんと書かこうとした人は、なぜかいなかった。そう思っていたが、少なくともひとりはいたと わかった。それがうれしかった。
 本探しに、二度目の偶然があった。『バングラデシュのリキシャ』と同じように、その本も東京で手に入った。神田神保町すずらん通りの路上で、その本を 見つけたのである。毎秋恒例の「神田古本祭り」では、すずらん通りの路上に出版社がワゴンを出して、新刊割引きセールをやる。旅行ガイドブックで知られる ロンリー・プラネット社の、おそらくは輸入代理店だと思われる会社もワゴンセールをやっていた。ガイドブックの品定めをしていて、ふと路上に積まれた本の なかに三輪車を表紙にした本が目に入った。蔵前さんが言っていた本にまちがいない。
 "Chasing Rickshaws(リキシャ追跡)"Tony Wheeler著、Richard I'Anson写真、Lonely Planet Publication,Austraria,1998.サイズは25cm×28cmで、192ページ、オールカラーの写真集だ。私の『東南アジアの三輪 車』(旅行人)が出る前年に出版された本だ。「これ、いくら?」
 店番をしている西洋人にたずねた。
「いくらにしようかな」
「安くしてよ」
 その男も、どうやら旅行者の垢が染み付いているようで、インドで買い物をするかのように値段交渉を楽しんだ。「USA $34.55」の定価がついているその本を、2000円ほどで買った。新刊本である。