19話 文化入浴学 1


 中国の公衆便所の報告というのは数多くあるけれど、風呂の話はよくわからない。私は中国 には行ったことがないし、中国の文化にとくに興味を持っているというわけでもないので、資料を積極的に読むこともしていない。ただし、どこに住んでいよう と人間の生活には興味があるから、衣食住といった基本的な生活習慣について知りたいことはいくらでもある。
 誰が言ったのかまるで覚えていないのだ、日本に来た中国人が困ることのひとつは銭湯だという。人前で裸になる習慣がないので、銭湯が苦手なのだという。タイ人も同じことを言うが、人前で裸になるのが日本人だけというわけではない。
 日本以外のアジアで、銭湯といってすぐ思い浮かぶのは、韓国とトルコだ。韓国では、伝統的には夏は水浴び、冬は湯を浴びる程度だったらしい。だから、い までもシャワーを浴びるだけというのが一般的らしい。近代的なマンションには浴室に浴槽も付いているが、湯をためて入浴することはあまりないという。しか し、日本統治の影響だろうが、銭湯はあるし、温泉の浴槽も日本とよく似たものらしい。
 アジア以外にも、公衆浴場はある。アムステルダムの地図を見ていたら、「PUBLIC BATH」という文字があって、探して歩いたのだが見つからな かった。タンザニアザンジバルの地図にもこの文字があって、探したのだがやはり見つからなかった。銭湯マニアというのではなく、珍しいものを見たいので ある。ロンドンの銭湯は、映画で見た。イギリス映画に銭湯が重要な場所となる作品がある。テレビで見たので、タイトルなど詳しいメモはしなかった。イギリ スの銭湯は、ホテルの内部のように廊下の両側に小部屋がいくつも並んでいて、そこにバスタブが置いてあるという形式で、台湾の温泉も従来これと同じ形式 だった。水着を着て入る台湾の露天風呂は、日本のものを真似て登場した最近のものではないだろうか。ただし、日本統治時代に台湾人は日本人と同じように入 浴したのかしなかったのかは、調べてみないとわからない。そういえば、英語のBATHの語源になっているイギリスのバース(BATH)という温泉地に行 き、昔の浴場を見学したことがあったと、今思い出したが、これはまた別の話。
 香港にも銭湯があり、行ったことがある。「上海池」という名称だったか、これまた記憶がはっきりしない。トルコの公衆浴場にちょっと似ていて、客はまず 個室に入って服を脱ぐ。浴室というのは、大きな冷水のプールがあって、その回りにガラス張りのサウナがいくつかあった。サウナで充分汗をかいたら、冷水槽 に入る。体は「三助」が洗ってくれるのもトルコの蒸し風呂と同じだ(もちろん有料)。そのあと、個室で爪を切ったり、マッサージを受けたりもできるが、係 員はすべて男である。私がまだ駆け出しのライターだったころ、香港取材をいっしょにやったベテランカメラマンにつきあってその浴場に行ったのだが、マッ サージまで含めたフルコースだとかなりの金額だったと思う。
 上海式浴場というのがあるなら、中国にも公衆浴場があるではないか。いったいどんな形式になっているのだろうか。そういう疑問を疑問のままにして、長い 時間が流れた。アジア入浴事情研究に手を出す気はないから、積極的に調べることはしなかった。それが、北京の銭湯を扱った映画が日本で上映されると聞い て、「これはぜひとも見なければいけない」と思った。数年前のことだ。                                     (つ づく)