46話 異文化を知る一冊 ―― 80年代異文化紹介書籍事情


 現在、語学教科書を多く出版している三修社が、文庫本を出していたことがある。普通なら 「三修社文庫」とでも名づけるところだが、文庫名としては異色の「異文化を知る一冊」という名前だった。外国事情と異文化体験に特化した文庫で、書店の棚 にずらりと並んだ赤いカバーの文庫が印象に残っている。方向的には私の好みにぴったりなのだが、ほとんど買っていない。読売新聞外報部の『世界の衣食住』 や『続・新世界事情』、旅行添乗員の高木暢夫の『ツアーコンダクター物語』や『ツアーコンダクターの手帖より』、田中明の『ソウル実感録』などすぐれた本 はあるものの、そうした本は文庫化される以前に単行本ですでに読んでいた。
 当時書店で全点チェックしても、買いたくなるような文庫ではなかった。ひとことでいえば、「おもしろい内容の本がなかった」というだけのことなのだが、それがどんな本だったから「つまらない」と思ったのか、という細部の記憶はあいまいだ。
 文庫目録が手元にないので、文庫専門古書店の「ふるほん文庫やさん」の「Web文庫三昧」で調べてみると、137冊がリストアップされていた。これで全 部ではないだろうが、おおよその姿はつかめるのではないかと思う。創刊が82年だということはわかっていたが、最後がいつなのかはわからない。このリスト でもっとも新しい本は、88年の『中国中毒チャイナ・ホリック』(新井ひふみ)で、88年に出版されたとわかるのはこれ一冊だけだ。この文庫の創刊は82 年だとわかっているから、80年代異文化関係書の参考資料として使えるかもしれない。
 この文庫リストを国別に分けてみた。多い順に並べると、次のようになる。
 1位 アメリカ    29冊
 2位 ドイツ     17冊
 3位 フランス    13冊
 4位 イギリス    10冊
 5位 韓国、スペイン  5冊
 6位 イタリア、中国  3冊
 こうしたランキングを見てみると、私がこの文庫にほとんど興味を示さなかった理由が、欧米偏重だったからだろうと想像がつくが、それだけではなく、文章 の素人が書く滞在記という構成になじめなかったのだろうとも思う。なぜそういう構成にしたのか考えてみると、想定した読者は旅行者ではなく、企業駐在員と その家族だったからではないだろうか。海外旅行の人気地域であるハワイや香港が入っていないことからも、私の想像が当たっている可能性がある。
 日本人の海外旅行史からこの文庫を眺めてみる。「異文化を知る一冊」が創刊された82年の日本人出国者数は約400万人で、500万人を越えるのは86 年、それから毎年100万人以上増え続けたのに、この文庫は終わりを告げた。その理由がなにかの社内事情によるものかもしれないが、急増する旅行者、とく に若い旅行者を読者にできなかったのが敗因のような気がする。
 もしも、この「異文化を知る一冊」文庫が、10年遅れて90年代の創刊だったら、国別順位は大きく変っていただろう。アメリカ、フランス、イギリスは強いにしても、イタリア、中国、韓国、インド、そしてタイとインドネシアが参入しただろう。