53話 本屋は気楽な稼業か


 サラリーマンが定年後にやりたい職業といえば、ラーメン屋や居酒屋などとともに、古本屋 というのも人気が高いらしい。いずれも、組織にしばられない自由さを求めてのことだろう。古本屋の場合は、それと同時に、「本が好きで」、だから「一日 中、本を読んでいればいい仕事なら自分に向いているはずだ」というのが、その理由らしい。
 できれば一日中本を読んでいたい男が、めし屋のオヤジになった。その男が本屋稼業について語った話をそのまま紹介してみよう。

 本屋に行くと、オヤジがのんびりと本を読んでいたりしてさ、「いいなあ」と思うんだよ。めし屋じゃ、そんなことできないよ。
 ウチの開店時間は11時だけど、9時には店に入って、仕込みをやって、それが終わればランチタイム。2時から「休憩」に入るんだけど、それは店を閉める というだけで、こちらはちっとも休憩じゃないんだよ。ランチの片付けをして、買い物や、夜の仕込みに入ったり、業者に注文の電話をかけたり、新しい食材や 安い食材を探して都内を歩いたりと、いろいろやらなければいけないことがあるんだよ。ちょっと時間があって本屋に立ち寄ったりすると、オヤジがのんびりと 本を読んでいるじゃない、いいよな。うらやましいよ、ホント。
 オレが椅子に座るのは、ランチが終わって昼めしを食べる10分ぐらいだけ。あとは、朝から閉店まで、ずっと立ちっ放し。もちろん、本を読む時間なんてないよ。
 夜の営業が9時まで。客がまだいれば、閉店時間はずれる。客が帰って、片付けをして、売れ残ったものの処理をして、店の掃除が終われば、もう10時は過ぎている。
 本屋には、仕込みがないじゃない。いいよな。最悪の場合だけど、10時開店なら9時55分に店に来ても営業はなんとかなるでしょ。めし屋はそんなことで きないよ。開店時間直前に店に着いたんじゃ、飯が炊けていないどころか、米も研いでない。お湯もわいてないんじゃ、商売にならない。だから、本屋はいい よ、ホント。朝寝坊ができる。店を開けてから、配本された本の処置をすればいいんだから。
 本屋はさあ、店主が不在でも営業できるでしょ。なにか用があって、半日不在でも店はアルバイトに任せておける、だけどさ、めし屋だと、オレがいないと料理は出せない。皿洗いのアルバイトやカミさんに、料理させるわけにいかないもの。
 売れ残りも、こっちはなまものだから、捨てるなり冷蔵するなり、毎日苦労するわけだ。本屋だと、新刊書店なら売れ残りは返品すればそれでいい。古本屋は 返品できないけど、その日のうちに処分しなきゃいけないってわけじゃないでしょ。古本屋は、本の仕入れに苦労するという話は多少知っているけどね。
 本屋は、ホント気楽な稼業だと思うよ。でもさあ、そんなら、お前が本屋をやってみればいいじゃないかと言われると、困る。ちいさな本屋がどんどんつぶれ ているしね。めし屋もつぶれているという点じゃ、同じことなんだけど。毎日、本を読んでいればいいっていう仕事はないかねえ。貧乏ライター? やだよ、オ レ、そこまでの貧乏には耐えられないよ。

 というわけで、次回は特別ゲストとしてアジア文庫店主に、「書店経営者の生活と意見」を語っていただこう。