66話 インドネシアの餅



 インドネシアに長年住んでいる友人と久し振りにジャカルタで会って話していると、「あっ、そうだ!」と友人が思い出したように言った。
「この前、日本をよく知っているインドネシア人に会ったら、『インドネシアにも餅があるのを知っているか』っていきなり言われたんだけど、前川さんは餅のことを知ってた?」
「いや、知らない、まったく。彼は何と言ったの? モチ? それとも……」
「モチ。日本の餅とまったく同じものが、モチと呼ばれているというんだけど。オレもインドネシアに住んで20年くらいになるけど、そんな話、聞いたことないしなあ」
 日本の餅とほぼ同じものは、タイ北部に住む少数民族の食文化にあることは、テレビや本などで知っている。ビルマのシャン州の市場では現物を見たことがあ るし、試食もしている。タイ北部から中国雲南省あたりの地域なら、『餅』と聞いても不思議でもなんともないのだが、インドネシアにあるというのはあまりに 唐突で、しかも『モチ』という名なら、日本人が伝えたことになる。戦前の移民か、それとも戦中の軍人が伝えたのかもしれないと推察できるが、その現物を見 たことがないのだから何とも言えない。
 友人とモチの話をしてから数日後、私はジャカルタの中国人街を歩いていた。狭い路地を抜け、また入り、インドネシアの中国文化を眺めていた。そのとき だ。路上の屋台に七輪がひとつ見えた。そこに網がのっていて、白いものが3個ある。近寄ると、日本人である私にはまさしく餅としか見えないものだった。
 さて、これは何だ。屋台に人はいない。七輪の炭はもう灰になっていて、商品を放り出してどこかに行ってしまったらしい。困った。教えてもらえないじゃないか。しかたがないので、屋台のすぐ近くにたむろしている男たちに声をかけた。
「これは何という名前ですか」
 餅らしきものを指さして、そう言った。
「クエ。クエっていうんだよ」
 男は短くいった。「クエ」が菓子を表す総称だというくらい私だって知っている。総称ではなく、個別の名を知りたいのだが、男は「クエ」としか言わない。 屋台の人がいれば、質問し、残った商品をすべて買って持ち帰り、知り合いのインドネシア人たちに鑑定を依頼することだってできるのだが、店主がいない。
 というわけで、インドネシアの餅調査は、現物らしきものを発見しただけで終わっている。インターネットで調べると、「加藤秀俊 旅行日記」というページにシンガポールでの食事体験の話がでていた。引用した部分のテーマは、中国の影響を受けた日本の食べ物である。


  デザートにでてきたもののなかでは、くずもちのようなものがあった。まわりにきな粉が かぶせてあるのも(日本のものと)まったくおなじ。中国系の友人に名前をきいたら、モチという答えがかえってきた。中国語の発音からすれば当然ペイになる はずなのにこれをモチというのは、(中国から)いったん日本にはいったものが逆輸入されてそのような名前でよばれるようになったのかもしれない、という疑 問がふと頭のなかをかすめる。

 ということは、「モチ」と呼ばれる食べ物はシンガポールにもあり、それはどうやら中国人 が関係しているらしいということがわかる。私は菓子にはあまり興味はないから、資料をすでに読んでいてもすっかり忘れているということもありえるが、「モ チ」という名なら覚えているはずだ。「東南アジアのモチ」というのは、テレビの30分番組程度のネタになりそうだ。