109話 インタビューとテープレコーダー (1)


 いままでさまざまな人にインタビューをしてきたが、そのやりとりをそのまま原稿にするということをしたことがない。私が質問し、相手が答えるというやりとりを交互に繰り返して、4ページなり6ページを埋めるというような、ああいうインタビュー記事だ。
 私の取材は、聞きたいことを聞き、その答えを要約して紹介する構成のものばかりだったせいか、テープレコーダーを使わない。話を聞き、数字や固有名詞だ けメモし、あとは記憶する。話を聞きながらメモをすると、どうしても顔を下に向けてしまうので、相手に対して失礼なような気がするし、話のリズムを崩して しまうような気もする。相手が一気に話したいのなら、腰を折らずに好きなように話してもらった方が、おもしろい話を引き出せそうだと思うからだ。
 「旅行人」で蔵前さんと対談をやったときも、この手法だった。昼から夜まで7,8時間かそれ以上話をして、それを2回か3回分の対談記事にする。歩きな がら話すこともあるから、一切メモは取らない。帰宅すると、その日の話を思い出して、対談の形式で一気に原稿に仕上げる。これが大事で、数日の間があく と、私の頭に内蔵されているハードディスクはおぼろ豆腐のようになってしまい、話の細部は忘れてしまう。5時間話しても、原稿にできるのは文字数にしてせ いぜい15分くらいの会話だから、頭の中で会話を構成して、実際の会話の順序を入れ替えたり、話しているときにはよくわからなかった話を「この部分、わか りやすく書いてください」と書いて、蔵前さんに渡す。すると、彼がうまく構成してくれる。
 この対談は特殊だといっていい。ライターふたりの対談で、しかも蔵前さんはその雑誌の編集長でもあるので、ゲラにさえすれば、あとはどうにでも直せるという事情がある。あまりよく知らない人との対談なら、別の方法を考えたかもしれない。
 アメリカで取材旅行をしていたときも、テープレコーダーは使わなかった。メモもほとんどとらなかった。じっと話を聞き、わからない部分は確認し、その夜に原稿を書いた。
 カリフォルニアから始めた取材がニューヨークまで来たとき、ふとテープレコーダーを買おうかと思った。取材用というよりは、ラジオが聞きたかったという理由のほうが大きい。ラジオつきテープレコーダーなら、一石二鳥だと思ったのである。
 私の探し方が悪いのか、当時(1980年)のニューヨークでは電気店に入っても、ロクな製品がなく、粗悪品のように見える製品が高い値段で売られていた。香港製のラジオつき小型テープレコーダーは、100ドルくらいしたはずだ。当時の100ドルは約2万2000円だ。
 ラジオが目的だとはいえ、せっかく買ったのだから、取材でも使ってみたくなった。そこで、翌日のインタビューでさっそく使ってみた。帰宅して聞いてみる と、音が入っていないことがわかった。テープはちゃんと回っている。ボリュームも問題ない。なのに、録音ができていない。「粗悪品のように見える」じゃな くて、本物の粗悪品だったのだ。
 近所に電気製品の修理屋があったので、持っていった。
「録音ができないんです」
 若い男にそういうと、男は我がテープレコーダーを点検し、自分の声を録音してみた。そして、再生ボタンを押したが、録音したはずの声は聞こえてこない。 男は首をかしげ、手元のテープを入れて、再生ボタンを押した。ロックの轟音が流れだした。再生部分に異常はない。次に、男は録音ボタンを押し、「あー」と いう声を何度もあげた。テープを止め、再生ボタンを押すと、彼の声が聞こえてきた。
 男は私が使っていたテープを手にし、ボールペンでテープを引き出して、言った。
「テープが裏表だよ」
 なんと、ラジカセと一緒に買った香港製のカセットテープが欠陥商品だったというわけだ。
 さすがにこれでは修理費はとれないとおもったのか、男はカネを請求しなかった。立派な人間なら少額でもチップを払うものかもしれないが、私は立派な人間ではないので、「ありがとうございます」と礼をいって、部屋に帰った。