110話 インタビューとテープレコーダー (2)



 今度はちゃんとしていそうなカセットテープを買って、次のインタビューで使ってみた。録 音は問題なくできていた。インタビュー中に理解できない英語は、録音したものを聞けばわかるだろうと思ったのだが、何度聞いてもわからないものはわからな い。時間の無駄だと気がついて、以後、テープ録音はいっさいしなかった。
 テープレコーダーを使う欠点は、インタビュー中に神経を集中しなくなることだ。話をいいかげんに聞いてしまう。わからない部分はそのときに質問すればいいのだが、録音していると「まあいいか、あとで確認すれば」という気になって、インタビューがおろそかになる。
 これは旅行中の写真撮影にも似ていて、カメラがなければ自分の目でしっかり見るのだが、カメラを持っていると、撮影に気をとられて、そのものをしっかり とは見ていないということがある。帰国して、できあがった写真を見て、初めてそのものの細部に気がつくということがある。せっかく現地にいながら、ファイ ンダー越しでしかものを見ていない。そういう例だ。
 私のラジカセは、ただのラジオになった。ニューヨークでは毎日ジャズを聴いていた。日本と違ってジャズ専門局があるのが、ありがたい。モノラルの安物ラ ジオだが、そのラジオがあるだけで安宿の狭く汚い部屋は快適な居間になった。再販制度がないアメリカでは、ある期限をすぎると本が叩き売りほどの値段で売 られる。そういう格安本を買ってきて、読んでいた。今となってはどういう本を買ったか、ほとんど覚えていないが、ハンバーガーの歴史について書いてある本 は記憶している。日本の友人が「リチャード・ブロディガンがいいよ」と言っていたのを思い出し、何冊か買った。わかりやすい英語だった。
 そうだ。新聞広告で、ライブハウスの出演者を調べたり、映画情報を仕入れていたのも思い出した。深夜にそういうことをしながら、ラジオから流れるジャズを聴いていたのである。
 ニューヨークからシカゴに行き、ふたたびニューヨークに戻り、ボストンに行き、3度目のニューヨークから一気にサンフランシスコを目指した。3泊4日のグレイハウンドバスの旅だ。
 バスが西部に入ると、もうジャズは聴けなくなり、カントリーに変わった。カントリーという音楽は好きではなかったが、深夜のバスで眠れないとき、耳にさ したイヤホーンから流れてくるカントリーを聞きながら、暗闇のなかでときどき見える牧場や山の風景は悪いものではなかった。
 その旅の最終地はロサンゼルスだった。帰国直前に、質屋にそのラジオを持っていった。日本に持ち帰っても利用価値のない製品だから、アメリカで処分して しまおうと思ったのである。質屋で買ってくれるか心配だったが、16ドルで売れた。身分証明書の提示を求められることもなく、値段交渉もせず、10秒で人 手に渡った。予想していた値段よりも高いのに驚いた。
 取材用のテープレコーダーとしての役目はまったく果たせなかったが、旅の友人としてラジオは大活躍してくれた。