117話 中国と新聞



 朝日新聞を読んでいて、「あれっ?」と思った。つい先日のことだ。新聞の国際欄にある中国の記事に、部分的にルビ(ふりがな)がついていたのだ。人名や地名などすべての固有名詞にルビがついているのではなく、選別方法は不明ながら、一部にルビがついているのだ。
 新聞記事は、雑誌や単行本とちがってルビを嫌がる。字が小さく、行間が狭いからだ。昔の新聞ならルビがつくのが当たり前だったが、戦後になってからか、新聞からルビが消えた。ルビが復活したのは、新聞の活字が大きくなってからで、それでもルビはまだ例外的な存在だ。
 総論でいえば、新聞記事にルビがつくのはいい。むずかしい漢字を使うことはまったく奨励しないが、人名や地名など固有名詞などは辞書で調べようがないので、ルビがついているのはありがたい。
 しかし、中国人の名前を中国語の発音でルビをふるのは反対である。具体的にいえば、訒小平と書いて「とう・しょうへい」とルビをつけるならいい。しかし、例えば「テン・シャオピン」などというルビをつけるのには反対である。
 「外国人の名前は、その国の言語の発音に近いものでカタカナ表記する」というのが日本の基本姿勢で、例外が中国だった。中国人は日本人の名前を日本語で 発音ではなく中国語読みするのだから、日本人も同様に中国人の名前は日本語読みするという相互平等の方針で、そうやって長年すごしてきた。それが、朝日は 方針を変えたらしい。ウチでは朝日以外の新聞をとっていないから他紙はどうなっているかわからないが、読売や産経はこういう「改革」はしないだろう。
 中国に関しては、中国語の発音など無視して日本語読みにせよ。これが私の考えだ。その理由は簡単で、すべて中国語読みにすることなど不可能だからだ。論 語、温故知新、杜甫長安三国志演義でもなんでもいい。北京、南京、杭州、これらすべてにルビをふりますか。振らないとすれば、その線引きをどこでやり ますか。朝日新聞よ、今後の中国関連の記事はすべて「一部ルビ方針」なのか。それを変だと思わないとしたら、そのことが異常なんだが。
 この問題をひとことで言えば、音が重要なのか字が重要なのかということだ。
 韓国人の名前は、いま相互主義で韓国語(朝鮮語)の音で表記することが多くなった。在日韓国・朝鮮人が本名を名のる場合、音が重要だと考えるならカタカ ナで表記してくれ。字が重要だと思うなら、その漢字をどう読まれようと怒っちゃいけない。「季」と書いて、「イ」と発音しろというのは無理なのだから。日 本人が漢字を韓国語読みができないのが当たり前だからだ。同様に、中国人に日本人の名前を日本語読みしろというのも無理だし、日本人が中国人の名前を中国 語読みするのも無理だ。
 韓国人は、「我々は、日本人の名前を日本語読みしているのに、なぜ日本人は韓国人の名前を韓国語読みしないのか」と怒るのだが、それは、韓国人がハング ル表記された日本人名を読んでいるからだ。もし、韓国人の名前や地名がすべてカタカナ表記だったら、韓国語の発音にやや近い音で伝えられるのだ。だから、 韓国も北朝鮮も外国だから、地名も人名もすべてカタカナで表記するとすれば、この問題は解決する。それで困るのは、朝鮮研究者だけだ。
 不幸にして、日本では朝鮮文化は教養にはならなかったから、朝鮮の歴史的な事柄などをカタカナ表記にしても、まあ、一般人の場合ならなんとかなる。そこが中国とちがうところだ。
 中国語にルビをふるむずかしさは、いくらもある。歴史的な語の場合、どう発音するのかが問題となる。南部の語を北京の発音でルビをふるのは変だろう。現在の北京の中国人がそうするからといって、日本人がマネするのは変だろう。
 というわけで、朝日新聞はいったい何を考えているんだという話でした。他紙のことは知らないが。