118話 写真の力(1) 

  貧乏取材



 写真撮影など、もともと好きではない。撮影の必要などなければいっさい撮らない。別の言い方をすれば、カネにならない撮影はしないのである。
 もともと、写真が好きでないのは、カメラが機械だからかもしれない。幼児期から、機械が嫌いだった。自動車も汽車も電車も、好きではなかった。「買って くれ」と親にねだったこともない。ブリキのおもちゃにもプラモデルにも、興味を示さない少年だった。そういう少年が唯一好きだった機械がラジオだった。
 海外旅行に出る前、日本をいくらか旅したが、カメラは持っていかなかった。そもそも、カメラを持っていなかったが、ラジオは小遣いを貯めるなり、アルバイトをするなりして買ったが、カメラを買おうとは思わなかった。
 初めての海外旅行では、さすがの機械嫌いの私もカメラを借りて、「美しい風景をバックに記念撮影という」正しい旅行者を演じてみたが、すぐに飽きて写真 を撮らなくなった。風景も、自分の姿も、一切撮影しなくなった。自分の姿を撮影してうれしいというナルチシズムの感情は、私にはない。
 そういう事情が一変したのは、ライターになってからだ。取材費が充分にない雑誌の仕事は、ライターがカメラマン兼業でないと成り立たない。文章も写真も ひとりで担当するのである。取材費はひとり分しかない仕事なら、ライターでも写真を撮ることにするか、それとも仕事そのものを断るかの二者択一なのであ る。仕事があって、タダで旅行ができるのだから、誰がこの好機を逃すものか。ということで、一夜漬けで撮影を覚え、雑誌に載せる写真としては最低合格ライ ンをなんとか越えるカメラマンにもなった。
 最低限の文章と、最低限の写真では、機械の力を利用できる写真撮影のほうが楽なので、ライターがオートで撮影することになるのである。カメラマンに文章講座の個人教授をやるより、機械に頼った方がはるかに手っ取り早い。
 貧乏取材が常だから、カメラマンといっしょに取材に行くことはほとんどなかったが、もちろん皆無ではない。たまには、ふたりで取材に行くこともある。
 あるとき、雑誌編集部に呼ばれた。カメラマンも同席している。
 「ここを取材してほしいんですがね」と編集者はいい、他社の雑誌のカラーページを広げた。古いホテルの取材記事だ。「名物料理の撮影と、ホテルの外観と室内の撮影をしていただければいいんで、あとは、まあ、ふつうの紹介記事。それで6ページです」
 雑誌の旅行記事なんか、他社の記事のマネをするのが普通で、それがお互い様なのである。
 翌日の朝、東京を出て、そのホテルに向かった。地図を見ながら、最寄の駅からカメラマンと歩いていると、めざすホテルがすぐに見つかった。玄関近くで立ち止まって、カメラマンがつぶやいた。
 「あの雑誌のカメラマン、いい腕しているよなあ。あんなにいい写真にするんだから」
 たしかに。編集部で見せられた雑誌の写真は、「時代の風格を感じさせる、堂々たるホテル」という写真だったたが、いま目の前に見えるホテルは、倒壊寸前の廃墟にも見える。
 「なんで、夕方と夜の写真しかないか、わかった。こういうわけだったんだ」
 ホテルとしても魅力はないが、ホラー映画のロケ地にはなりそうだ。館内を案内してもらったが、ドアはきしみ、タイルはいくつも剥げ落ち、陰気きわまりな い。それが現実の風景だが、あの雑誌のカメラマンは、客に見せてはいけない部分は闇に封じ込めて、階段のてすりの曲線を強調し、電球の黄色い灯りが「歴 史」とか「落ち着き」とか「風格」などを強調していて、それが見事成功していた。
 写真とは、すごい力も持っているものだと実感した最初の出来事だった。素人写真とプロのカメラマンの技術力との差をまざまざと見せつけられたのである。