456話 中国語人の旅

 
 マラッカの街の観光地や夜店を散歩していると、聞こえてくるのはほとんど中国語だった。その中国語とは世間で言う北京語、正確に言うと普通話、つまり標準中国語だ。旅先で中国語を使っている人たちといえば、シンガポール人、マレーシア人、台湾人なのだろう。ときどき聞こえてくる広東語は、香港人かマレーシア人だろう。マレーシアでは、ペナンとマラッカは福建語が共通語だが、クアラルンプールでは広東語が中国語の共通語として使われている。
 宿のオーナーとそういう話をしていたら、「ウチの客で国籍別でいちばん多いのは、中国人客ですよ」といった。ということは、夜店で中国語をしゃべっていた観光客の多くは、もしかして中国人なのかもしれない。「中国人観光客」というと、50人、100人あるいは500人、1000人の団体客というイメージしかなかったが、私の知識はどうやら時代遅れらしい。
 事実、オーナーと中国人観光客の話をしているそのときにチェックインしたのは、中国人のふたりだった。30前後の女性ふたり。日本人でもソウルやパリなどどこにでもいそうなOLふたり旅という服装だ。ホテルではなくゲストハウスだが、リュックを背負っての旅ではなく、車輪付きトランクを引いての旅だ。ひとりはかなりうまい英語をしゃべった。私は中国には行ったことがないので、中国人としゃべったのは、これが初体験だ。
 中国系マレーシア人であるゲストハウスオーナーによると、中国人客には大きな問題がふたつあるのだという。
 その1 「うるさい。さわがしい。部屋で、ロビーで、いつまでも、大声でしゃべる」
中国人は、いつも大声でしゃべるといった批判はよく耳にする。それが事実かどうか私にはわからない。中国人を弁護する筋合いではないが、いくつか説明しておいたほうがいいと思う。
 基本的に、人はすぐ近くでわからない言語でいつまでも話されていることに、いらだつものだ。外国人が近くで話しているだけで、わずらわしいと感じるものだ。
 人は、外国旅行をすると、興奮して声が大きくなる。同じ国(民族)の人間が集まると、どの国の団体でもうるさいものだ。海外旅行に慣れていない人たちは、外国で偶然に同国人に会ったというだけで、一体感を共有したくなって、興奮する。それは中国人に限ったことではない。日本人でも、場合によっては同じだろうと思う。ミラノのホテルのロビーで、福岡市の団体と北九州市の団体が遭遇したら、その夜はきゅうきょ大宴会になるかもしれない。当人たちにとっては楽しい夜でも、周辺にいる人には「さわがしい日本人たち」になる。
 中国人旅行者の問題その2 「1泊だけで、あわただしい」。
 ひと都市1泊のあわただしい旅だから、ゲストハウスでは対応が大変だから、「2泊以上」を予約の条件にしているそうだ。中国人は金持ちにはなってきたが、まだ「時間の余裕」はない。日本人だって仕事をやめない限り、ヨーロッパ人のように「ひと月のんびりと旅行」などできないが、なかには大学生や、勤め人が仕事をやめて、長い旅に出る者がいるが、中国人はまだその時代ではない。
 マレーシアの旅を終えて、バンコクに飛んだ。エア・アジアのようなLCC(Low Cost Carrier 格安航空会社)は、昔のドンムアン空港を利用することになったので、到着後にすぐさま、国内出発口に行きチェンマイまでの航空券を買って30分後に出発。そのチェンマイでも、中国語人に出会った。
チェンマイには毎夜開かれるナイトバザールがあるが、それとは別の場所で、サンデーナイトバザールが開催される。日曜夜店は主にアマチュアが開く路上市なのだが、これが長い。4キロほどの路上の両側と中央に店が出るから、往復するだけで8キロも歩く夜店になる。売っている商品も、じつはこちらの方がバラエティーに富んでいる。
 毎夜開催されているナイトバザールの客は西洋人が多いのだが、日曜夜店の方は圧倒的にアジア人が多く、そのほとんどはタイ人だ。タイ語以外に聞こえてくることばは、ここでも中国語だ。広東語や韓国語や日本語は、わずかしか聞こえてこない。ここにも、中国人かと考えて、「そうか」とわかった。チェンマイのすぐ北はラオスで、そのすぐ北は中国なのだ。北京や上海から見れば、チェンマイははるか遠方だが、雲南省から見ればすぐそばで、直行便が出ている。ここは、中国のすぐ近くなのだ。
 ちょっとぜいたくをして、果汁100%の生ジュースを飲みながら休憩していたら、休憩所の脇に、「ここを汚さない。ゴミはごみ箱に」という中国語の表示を見つけた。タイ語でも英語でもなく、中国語だけの表示だということは、そういう注意をしないといけない状況になっているということなのでしょう。シンガポール人を除く中国人は、ごみを散らかすことと、路面にツバ、タンを吐くということなどで悪名高い。