125話 愛人問題と言論の自由


 時間がたつのは早いもので、かの宇野総理辞任事件があったのが1989年だから、もう 16年たったということになる。じつは、今、あの事件がいつだったか現代史年表で調べる前に、パソコンで検索してみた。試しに「愛人 指三本」をキーワー ドにすると、どんどん出てくる。今後30年たっても、「指三本総理」といえば、総理の名を思い出せなくても「ああ、あの首相ね」と高齢者は話題にすること だろう。
 あの指三本事件があってから何年も後のことだが、フィリピンに詳しいジャーナリストと雑談したことがある。政治家のスキャンダルの話から、あの指三本事件に話題が移ると、彼はこういった。
「フィリピンという国は、成熟した大人の社会だから、日本人のように愛人がどうしたこうしたといったレベルのことで、道徳的批判を展開したりはしないんだ よ。愛人がいるかどうかというのは個人的なことにすぎず、それが問題だとすれば当事者間で解決すればいいことで、政治家だの評論家だのといった人物が、マ スコミを通してしたり顔で批判するなんてことは、フィリピンでは考えられない」
 そうか。そういえば、フランスのミッテラン大統領には愛人とその子供がいて、天皇と皇后がフランスを訪問したときの公式レセプションにも愛人と子供も出 席したという。考えてみれば、タイでも同じで、政財界やそのほかの社会的大物が公式の場に愛人とともに出席するというのは、まったく珍しくない。テレビ中 継されても、気にしない。それをネタに、マスコミが大批判などしない。
 そういうことを考えてみると、この世界には、政財界などの大物に愛人がいるという事実が世間に知れて、スキャンダルになる国とならない国があるとわか る。スキャンダルになる国といえば、日本や韓国、アメリカもカナダもオーストラリアといった国の名が浮かぶ。スキャンダルにならない国といえば、いまあげ たフランスやタイやフィリピン、想像だけで言うがラテンアメリカの国々が頭に浮かぶ。
 スキャンダルにならない国といっても、2種類ある。フランスやフィリピンのように国民が騒がないからスキャンダルにならないという国と、あらゆるスキャ ンダルを報道させない国がある。つまり、報道の自由のない国に、「愛人スキャンダル」はないのだ。あるとすれば、政敵を追い落とすために、相手方の愛人ス キャンダルを御用新聞に報道させるということもあるかもしれないが、まあ、そういう国では、普通はスキャンダル報道などそもそもないのだろう。このグルー プに入る国といえば、北朝鮮、中国、ベトナムシンガポールスハルト時代のインドネシアなどの名が浮かぶ。政治思想がどうであれ、独裁政権では、権力者 のスキャンダルは報道されない。

 というわけで、現代政治学の勉強として、世界の国を、
A 愛人問題がスキャンダルになる国(愛人が異性か同性かといった問題もあるが)
B スキャンダルにならない国
C スキャンダル報道をさせない国
 に分類してみると、きっとおもしろいことになる。愛人報道だけじゃない。世のさまざまな事柄をモノサシにして、世界を考えてみるとなかなかにおもしろいものだ。