戦後の若者の海外憧憬を知る資料として貴重な本が出た。本多勝一が最初の部員で、のちに石毛直道などが入部する京都大学探検部の歴史を書いた『京大探検部 1956−2006』(京大探検者の会編、新樹社、2006年、2800円)がきわめておもしろい。
この本の最初のところで、梅棹忠夫がインタビューに答えて、「朝日新聞社の『アサヒ・アドベンチュア・シリーズ』というのが次々出ているけど、あの仕掛 けは、私と泉靖一です」と話している。そうそう、そういうシリーズがあり、私も何冊か読んでいる。新書版よりちょっと大きいサイズの本だ。その1冊が書棚 の取り出しやすい場所にあるので、ページを開いてみる。泉・梅棹の連名で、「アサヒ・アドベンチュア・シリーズに寄せて」という1ページの文章がでてい る。全文を引用するには長すぎるので、前半部分だけを引用してみる。海外旅行の自由化(1964年)前夜の雰囲気がよくわかるいい文章だ。
このシリーズの若者たちは、みんなまだ学校に在学中か、あるいは卒業して間なしの、ほんとうに若い人たちばかりである。(略)
現代日本の青年たちのあいだでの、旅行熱とくに海外旅行に対する情熱は、ひじょうなものである。かれらの胸には、さまざまなアドベンチュアの夢と希望 が、大きく渦をまいているようである。しかし、じっさいにはなかなかそれを実現することはむつかしい。日本の海外旅行も、ようやくしだいに自由化される傾 向にあるが、なお、若人たちが自由に世界を歩くには、まだ、さまざまな制約と困難がよこたわっているのである。だが、その困難をのりこえて、その意図をつ らぬき通した者たちも、少なくない。このシリーズは、そういうパイオニーアたちの手でつくられたものである。(以下略)
というわけで、『京大探検部』の書評はいずれやることにして、このシリーズのリストを作ってみたくなった。全部で11冊出たらしい。
『ブワナトシの歌』(片寄俊秀、1963)
『ヨーロッパをヒッチる』(礒貝浩、1963)
『忘れられた南の島』(高橋徹、1963)
『ヤワイヤ号の冒険』(大浦範行・河村章人、1963)
『中南米ひとり旅』(富山妙子、1964)
『あやまちだらけの青春』(加藤諦三、1964)
『マリとユリの留学記』(田中万里子・値賀由紀子、1964)
『アメリカ大陸たてとよこ』(吉村文成・嶋津洋二、1964)
『エスペラント国周遊記』(出口京太郎、1965)
『カンボジア訓練旅行』(鈴木治夫・大石敏雄、1966)
『ガネッシュの蒼い氷』(吉野熙道、1966)
もっとも話題になったのは、映画化された『ブワナトシの歌』だろう。主演は渥美清。『忘れられた南の島』とはティモール島のことだ。
個人的に交流がある人の名も出てくる。吉村文成さんといえば、私にとっては元朝日新聞の記者で、インドやインドネシアで特派員をした人で、その方面の著作もある。その吉村さんが京大探検部出身だということは、この『京大探検部』を読むまで知らなかった。
10年ほど前に、吉村さんもよく顔を出していたある会で、建設会社のサラリーマンという人物と知り合った。その人物は、大阪市立大学の探検部出身で、フ ランス語ができるので、学生時代に調査隊のメンバーとしてカンボジアに行ったことがあるということを知り、話しているうちに『カンボジア訓練旅行』の著者 のひとり、鈴木治夫さんだとわかった。1970年代に読んだ本の著者に、90年代になって出会ったわけだ。
この時代の若者の探検・旅行本は数多いのだが、梅棹忠夫で思い出したのは、浪曼という出版社から出ていた本だ。オートバイ旅行者として有名な賀曽利隆の最初の本、『アフリカよ』(1973年)だ。あやふやな記憶だが、帯かどこかにに梅棹の推薦文があったような気がする。
賀曽利の『アフリカよ』には「大旅行記シリーズ」とタイトルされていて、以下次々と探検・冒険記を出そうとしたのかもしれないが、このシリーズは『求む 天国』(小野寺誠、1973年)が出ただけだ。この出版社の本で買ったのは、賀曽利のこの本と、『老ヒッピー記』(檀一雄、1974)と『アジアの憂鬱』 (杉森久英、1974)の3冊だけだ。浪曼は林房雄の本を多く出した会社だ。