157話「沈没」なる語について


 いままでにその名を聞いたことが一度もないのだが、同朋大学という大学があるらしい。イ ンターネットでちょっと調べ物をしていて、「同朋大学同窓会文化講演会」の報告がパソコンのモニターに姿を見せた。講演会が行なわれたのは2002年11 月で、講演者は「旅行人」編集長にしてライターの蔵前仁一氏である。
 「講師 蔵前仁一氏プロフィール紹介」に、こうある。
  「(前略)また、旅先で一箇所の場所にいつ居てしまう事の形容語『沈没』は、蔵前氏の作り出した言葉としてあまりにも有名、バックパッカー(リュックを背負って世界を旅する人々の形容語)を愛する人々に脈々と語り継がれています。」(原文ママ

 まだ、こんなことを書いている人がいたのだ。
 旅先にしばらく腰を落ち着けることを、旅行者のあいだでは「沈没」という。この語が蔵前氏の造語だというトンチンカンなことを言い出したのは、これまた トンチンカンな偽論文「旅人たちのマユコスモロジー アジア放浪紀行本における日本人のアジア観」(竹内祐輔 1998年)が最初かもしれない。このトン デモ論文はいまでもネットで読めるが、研究者だってこんなにひどい文章を書いているという例証(冷笑)である。
 蔵前氏は、いままで一度たりとも、「『沈没』という語は、この私が作ったのだ」などと語ったこともなければ、書いたこともない。無知な学者が勝手に書き、それをそのまま信用する者がいたということだ。 
 さて、蔵前仁一と沈没との関係は、『旅ときどき沈没』(本の雑誌社、1994年)と『沈没日記』(旅行人、1996年)のように書名で使っているが、も ちろん彼が作った語ではなく、一般的な日本語としては古くから(明治からか?)使われているし、話題となったのは、最近再映画化された『日本沈没』であ る。小松左京の小説は、1973年に光文社から出版されている。その当時、「沈没」という語はちょっと流行語になったという話を聞いたことはある。それが 事実かもしれないが、旅行者用語としては関係ないと思う。
 Wikipediaというフリー百科事典がある。この事典で、「バックパッカー」を検索すると、この「沈没」なる語が蔵前氏の名とともに登場する。

  「『沈没』は、バックパッカー用語で、一都市に長期に 渡って留まることを言う。若いバックパッカーの中には1週間程度で沈没という者もいるが、2週間を超える滞在で使用するのが好ましいとされる。中には数年 にわたって一つの地に留まっているバックパッカーも存在する。蔵前仁一が広めた。」

 「蔵前仁一が広めた」という説は、まあまあ正しいかもしれないが、「沈没とは、ある土地 に2週間以上滞在すること」と定義しているなんざ噴飯ものだ。「沈没」という語は「2週間を超える滞在で使用するのが好ましいとされる」と独断で決めた者 は、一歩前に出て名を名乗れ。ウィキペディアという百科事典はおおむね好ましいのだが、旅行関連の書き込みはこの程度だから残念。
 さて、「沈没」という語だ。1970年代から旅を始めた私の体験では、移動を続けてきた旅行者が、とりたてて特に目的もなくある場所に腰を落ち着けるこ とを、「沈没」と呼んでいたように思う。この「とりたてて特に目的もなく」というのが重要で、例えば「3ヶ月間、ロンドンの英語学校に通った」とか「足を 骨折して、アテネで2ヵ月療養」というような滞在を「沈没」とは呼ばない。旅行者によって「沈没」の意味合いは違うだろうが、私の認識では、ただ、なにを するでもなく、だらだらと、旅先で知り合った旅行者たちと遊んでいるうちに、いつしか時が流れてしまい・・・・というような状態や、現地の女に惚れこんで 全財産をつぎ込んでしまい、今は親からの送金を待っているというような自堕落な状態を、「沈没」と呼んでいたような気がする。
 私の記憶では、1970年代にはすでに使われていた語だと思うが(まあ、記憶力に自信はないが)、それよりも古くから使われてきたことが、1964年に出版された次の本でわかる。

  「私の旅は、これで終わったわけではない。終るつもり でマドリを発ったのだが、またもやロンドンでチンボツしてしまった。ユースホステルの友達を手伝ってワイシャツのセールスをしていたら、そこのお得意さま が、緊急にハウス・ヘルパーがほしいというので、、それでは、ということで一ヵ月間住こんでしまったからだ。」  『パンとぶどう酒と太陽と』(神原くに こ、大泉書店、1964年)

 ちなみに、この本は最近復刊されたが(鈴木くにこ著、碧天舎)、私が持っているのは旧版。1964年2月10日の発行で、手元にあるのは、同じ64年の3月25日発行の「五版」と奥付けにある。出版事情を知っている人なら、「うん?」という本である。
 それはさておき、1960年代前半にヨーロッパを旅行した若者が書いた本に登場する「チンボツ」という言葉だから、もしかすると戦前期のパリや上海あた りでゴロゴロしていた日本人が「チンボツ、あるいは沈没」という語を使っていた可能性はある。というのも、1960年代以前だと、外国でゴロゴロと「沈 没」するような若者がまだほとんどいない時代で、そうなれば戦前期から使われていた語ということになる。

【追記】(2006.9.19)
 山歩きに詳しい友人から、「沈殿」という山岳用語を教えてもらいました。インターネットの山岳用語辞典などで確認すると、だいたい次のような意味があるようです。
  沈殿・・・・登山者がよく使うことばで、天候不良などで、テントや山小屋から動けずにじっとしていること。あるいは、それが転じて、キャンプ場や山小屋の 風景などが気に入って、長逗留すること。ネットの情報では、キャンプできなくて駅で寝ることという説明もあり、使う人によって、定義にゆらぎはあるが、海 外旅行者用語の「沈没」に似ている部分もある。
 1950年代から60年代の、若者の海外旅行者には、大学の山岳部、ワンダーホーゲル部、そして山岳部から分かれる形で誕生した探検部の活動がかなり影 響している。これについては、「京大探検部」など別項ですでに書いているが、いずれまた書く予定だが、とにかく、山岳部員や探検部員が使っていた「沈殿」 という語が、「沈没」に転化した可能性はある。ただし、それを証明するには、「沈殿」という語が、「沈没」より古くから使われていたことを確認しなければ いけないわけで、簡単にはいかない。
 どなたか詳しい事情をご存知の方は、アジア文庫まで情報をお知らせください。うまくいけば、こので「沈没」の謎が解けるかもしれない