181話 青江三奈から始まって(1) 

  国際線待合室



 録画したままになっていた青江三奈の特番(NHK・BS)をやっと見た。青江のファンと いうわけではないが、あのハスキーボイスは好みで、この番組を機会に、彼女の全貌を聞いて見ようと思ったのである。ヒット曲や、ニューヨークで録音した ジャズなどを聞いたが、どうもしっくりせず、あらためてCDを買おうという気にはならなかった。元クラブ歌手というのは、器用だが個性に欠けるという難点 がある。
 ただ、1曲、「国際線待合室」(1970年)という歌が、気にかかった。いままで一度も聴いた記憶がない歌だ。旅行研究者のアンテナが、この歌に異変をキャッチしたのである。
 国際空港を思い浮かべて欲しい。国際線待合室というのは、乗り換え客が時間をつぶす部屋か、VIP専用待合室だ。それに加えて、ゲート付近の待合室も含めていい。
 さて、この「国際線待合室」(作詞:千坊さかえ)は、わかれた男を恋しく思う女ごころを歌ったものだ。
 あの人とわかれた空港の、あの国際線待合室にまたひとりで来て、あなたを思い出して、ああ涙の国際線待合室、という内容なのだが、そもそも見送りの人 が、出国審査後にある国際線待合室までは来られないのだし、上野駅じゃないんだから、「あの人」の思い出の待合室に、ふらりとひとり淋しくやって来ること もできないのだ。作詞家もレコード会社やプロダクションの関係者も、まだ国際空港がよくわかっていない時代だから、駅や国内空港と国際空港との区別がつか なかったのだと思う。
 この「国際線待合室」という歌は、映画「女の警察・国際線待合室」(日活、1970年)の主題歌として発売されたものだ。梶山季之の小説を映画化したも ので、全シリーズ4作の3作目がこの「女の警察・国際線待合室」だ。主演は小林旭青江三奈は4作ともバーのママ役で出演している。
 さて、映画「女の警察・国際線待合室」のあらすじは、こうだ。行方不明になったホステスは、商社の専務の手でシンガポールの私娼窟に売られていたことが わかった。そこで、「女の警察」こと小林旭が動き出す。なんだか、「特命係長・只野仁」(テレビ朝日)のようなものだ。「小林旭とアジア」という方向に話 が進むと大きくずれるので、ここでは触れない。
 さて、こういうストーリーなら、旅行研究者とアジア研究者の両方のアンテナが動き出す。
 いつからあった都市伝説かはわからないが、日本の女が誘拐されて、アジアや北アフリカに売られるという噂があった。洋服屋の試着室に入ると、鏡がドアの ように開いて連れ込まれ、袋に入れられて貨物船に乗せられて、異国に送られるというのが基本で、それに薬物中毒にするとか手足が切り取られるといった噂が 加わる。洋服屋ではなく、みやげ物屋やレストランのトイレで誘拐されるという筋書きもあったようだ。
 英語のSHANGHAI(上海)という語が、受身の形で使われ「誘拐される」という意味もあったらしいが、若い女が誘拐されて国外に転売されるという都市伝説は、いったい、いつ、どこで生まれたものだろうか。
 そういえば、若山富三郎主演の「旅に出た極道」(東映、1969)に、香港に向かう船の底に、香港で売られる日本人ダンサーたちが閉じ込められていると いうシーンがあった。だから、海外旅行史や異文化研究の資料としても、この時代の映画がおもしろいのだ。しかし、映画ではなく現実はどうかというと、誘拐 されたどころか、カネ欲しさに密航し、現地で不法滞在・不法就労していたのだ。
 1960年代でも、日本はまだ貧しかったのだ。