213話 ISA社のその後の話

 1999年に出した拙著『アジア・旅の五十音』 (講談社文庫)で、ISA社の話を書いた。国際的な禁煙運動に胡散臭さとファシズムを感じ、そういう動きに反発したくなったのである。航空機はすでに全面 禁煙になってしまったから、逆に喫煙可能を売り物にした航空会社があってもいいだろうという趣旨で原稿を書いた。タバコを吸わない人に迷惑がかからないよ うに、席を完全に分離すればいいのだという企画だった。私の文章の一部を引用する。


 「この不況のおり、ISA社創設がビジネスチャンスであ る。ISA,つまりインターナショナル・スモーキング・エアーラインズ(国際喫煙航空)の設立である。全席喫煙にすることはない。座席の半分か三分の一を 喫煙席にして、禁煙席にタバコの煙や匂いが流れないように防煙設備を徹底させる」

 なかば冗談でかいた文章だが、まさか本気でそういうことを考える人が現れるとは思わな かった。2006年の新聞記事だった。ドイツ人実業家アレキサンダー・ショップマン氏が、デュッセルドルフ―東京間に全席喫煙可の飛行機を飛ばそうと考え たらしい。航空会社の名はISAではなく、SIA、つまりスモーカーズ・インターナショナル・エアウェイズだ。私のような貧乏臭い企画ではなく、ファース トとビジネスのみの高額フライトらしい。計画では、2007年3月の就航を予定している。
 さて、もう2007年3月などとっくに過ぎたので、あの計画はどうなっているのか調べてみたら、どうにもなっていなかった。頓挫したわけではないが、 「2007年秋には・・・」となって、先延ばしになっている。会社への出資者の問題もあるだろうが、やはり「ご時勢」というのも関係しているように思う。
 アメリカなどは、喫煙席のある航空機はアメリカの空港に着陸させないと宣言しているし、タバコが吸える航空機の発着を許す国がどれだけあるだろうかと考 えてみると、喫煙航空の実現はほとんど不可能だと思われる。アメリカの世論など、銃よりタバコのほうが害があると感じているらしい。
 例え喫煙航空が実現したとしても、ファーストとビジネスしかない便では、貧乏人の私には用がない。それ以前に、すでにタバコをやめてしまった私には、ISAもSIAも100円ライターや金張りのライター同様、用のない存在になってしまったのである。