240話 「まなざし」の大安売り本 その2


 『沖縄イメージを旅する』には、カラー口絵が8ページあり、本文中にもモノクロ写真を多数使っている。「写真提供」として、読売新聞社毎日新聞社沖縄県公文書館のクレジットがあり、「上記記載以外の写真は、著者提供による」とある(286ページ)。
 口絵のなかに、「1965年、首相として戦後はじめて沖縄を訪問した佐藤栄作首相」という説明がついた写真が載っているが、この写真は新聞社のものでは なく、クレジットがないから「著者提供」に分類されるものらしい。しかし、著者は1970年の生まれだから、1965年の出来事を撮影できるわけはない。 どういうことだ。あるいは、国鉄全日空のポスターもカラー口絵で紹介しているが、クレジットがない。これも、「著者提供」?
 一般の読者は写真の権利などということに関心はないだろうが、私はライターゆえに、気になるのだ。国鉄の「ディスカバー・ジャパン」のポスターは、私の 著書でも紹介したいと思ったが、権利関係の交渉が面倒なのではないかと思い、交渉もせずに使用を諦めた。だから、中央公論新社はどのように交渉したのか、 知りたくなったのである。すぐさま、中公新書ラクレの編集部に電話した。
 ちょうど担当編集者がいたので、話が早い。その編集者によれば、「著者提供」の写真について、こう言った。
 「著者が資料として収集したものを、この本で公開したということです」というのだが、それでは佐藤栄作が沖縄を訪問した写真も、著者のコレクションということなのか。
 「じつは、はっきりと書いていませんが、わが社でも豊富に写真を持っていまして、そういう写真も使用していますが、どれが当社のものかは、いちいち明記していません。そんな必要、あります?」
 写真の出典を明記する理由はいくつかある。まずは、著作権の問題。ほかには、引用の礼儀と責任、そして資料の信憑性の問題があるからだ。例えば、100 年前に出版された本の写真をコピーして自分の本に使っても、著作権上の問題はほとんどない。しかし、どういうたぐいの資料からコピーしたのかを明記、ある いは明示するのは、礼儀であるし、責任である。これは、図版だけのことではなく、文章を引用する場合でも、出典を明記するのは常識である。写真だって同じ はずだ。
 「国鉄全日空のポスターも口絵に載っていますが、そういう場合の権利関係の交渉はどうやったんですか」
 私の質問に、(そんなこと、あんたに関係ないじゃないの)と腹のなかで思っているのは明らかな口調で、編集者はこう説明した。「著者が集めた資料ですから、自由に使っていいでしょ!」
 すごい論理だが、論理以前に、国鉄全日空の古いポスターを著者が本当に収集したのか疑問で、大学生がやって問題となっている「コピペ」(コピー&ペー スト)だったら、どうなるのだろう。百歩譲って、これらのポスターを本当に著者は集めたとする。だから、自分のコレクションを、出版物に自由に使っていい と言えるだろうか?
 というわけで、例の「ディスカバー・ジャパン」のポスターを作った(もう、40年近く前のことだ)電通に電話してみた。ポスターを自著に載せたい場合、どうすればいいですか。
 広報の話では、ポスターを作ったのは電通でも、クライアントの要望で作ったものなので、まずクライアントの許可を取るのが、順当な手順ですという。ま ず、写真引用希望者と、企業の利害が一致するかどうかという問題を解決しないといけない。企業イメージを損なう使い方をされては困るからだ。つぎに、ポス ターにイラストがあったり、キャラクターを使っている場合は著作権の問題が、有名人が写っている場合は肖像権の問題が発生する。わかりやすくいえば、個人 のコレクションだからといって、手塚治虫の絵やディズニーのキャラクターやジャニーズ事務所のタレントの写真を勝手に使うと、面倒なことになるわけだ。
 ただ、現実問題としては、JASRACの許可を受けずに、本に歌詞を載せている例もあるわけで、要はどの程度ちゃんとやるかという良心の問題になる。も し、私が「ディスカバー・ジャパン」のポスターを自著のなかで使いたくて、ネット上の写真をコピーして勝手に使っても、「絶版要求」をされるといった大問 題になることはないと思う。だからといって、勝手に使ってもいいということにはならないだろう。中央公論新社の判断では、自由らしいのだが。

 付記:戦前の沖縄観光に関する話は、次の論文がおもしろい。ネットでも読めるのがありがたい。私が苦手な言い回しも多いが、これは学者の業界雑誌の文章だからいたしかたないか(本当は違うのだが)。
 神田孝治「戦前期における沖縄観光と心象地理」(「都市文化研究 4号 2004年」