255話 番外編 旅する力     『森村桂 香港へ行く』から探る1970年の香港ツアー

 
『旅する力』を巡る雑話で森村桂の話を書いた直後、古本屋で『森村桂 香港へ行く』を手に入れたので、番外として追加情報を書いておきたい。
 『森村桂 香港へ行く』(森村桂講談社、1970年、340円)は、古本屋で200円の値札がついていたが、レジに持っていくと、初めて入った店なのに「100円でいいです」と半額に値引きしてくれた。
 読後感を先に書いておけば、もし同時代に読んだら、「ちぇ、こんなモノ」というだけの本だが、出版後40年近くにもなると、香港ツアーの資料という価値も見つかって、メモを取りながら読んだ。
 森村は、1970年1月、4泊5日のツアーに参加して、香港・マカオの旅に出た。私は1週間程度の取材旅行だと思っていたが、森村はツアーに参加して、 それだけで1冊の旅行記を書いてしまうのだから、大した筆力だと言わざるを得ない。皮肉でいうのではなく、私などには到底できない作業である。さすが多産 の作家である。プロの腕前である。
 さて、森村が参加したツアーだが、ちょっと変わっている。ある女性週刊誌に「五万五千円で、香港・マカオにご招待、六十名様を四泊五日の旅へ」という記 事を見て、応募したという。本来なら8万8000円のツアーだが、「私のアイデア朝食」という文章を書いて応募すれば、選考で60名が5万5000円の割 引き料金でツアーに参加できるのだという。
 ただし、このツアーにはカメラマンが同行し、森村の行動を追っているので、「一般人と同じ立場での参加」というのがどこまで本当なのかは、わからない。変形の「本誌特派」かもしれない。
 1970年1月18日4時、羽田空港に集まったのは、森村が参加した割引きツアーの60名と、8万8000円を支払った料理学校からの参加者20名と 40名ほどの一般参加の客を合わせて120名くらいの団体になったというから、もしかしてチャーター便だったかもしれない。
 日程を書き出してみよう。
1月18日午後4時25分、BOAC(英国航空)で出発。香港時間午後7時30分着。
19日 午前 九龍半島観光 昼食 飲茶
    午後 香港島観光  夕食 水上レストラン
20日 終日自由行動  昼食 日本料理
            夕食 ナイトクラブでショーを見ながら食事
21日 マカオ観光    昼食 ポルトガル料理
             夕食 北京料理
22日 出発まで買い物 昼食 上海料理
    3時30分 香港発 夜羽田着
 全食付きで、しかも日本料理が入っているあたりが、昔のツアーである。3日目の「終日自 由行動」というのは実はウソで、実はガイドの案内で無理やり宝石店や免税店に買い物に行かされるというのも、KB(キックバック。店から旅行社に払われる マージンで、20パーセントだそうだ)で稼ぐ香港ツアーらしい。
 これで5万5000円なら、当時としては安いが、それがどの程度の価格かというと、70年ころの若いサラリーマンの月給は4万円くらいだから、現在のツアー価格と比べれば、かなりの高額だとわかる。
 この当時の、香港に対するイメージは、「うまい中国料理」と「買い物天国」というプラス面と同時に、森村の表現をそのまま引用すれば、「女性を売りとばすと聞いている香港だ」。まだ、怪しく危ない香港のイメージがあった。