299話 経年変化ではないけれど・・・ 読書編

 本を読み始めて、そろそろ50年もたつのだろうが、読書傾向はまったく変わらない。小説を読まないという傾向は年々強くなっている。2010年に読んだ小説は、タイの推理小説『二つの時計の謎』(チャッタワーラック、宇戸清治訳、講談社、2009)ただ1冊だ。この本を、このアジア雑語林で取り上げないのは、小説のなかでもとりわけ推理小説が嫌いだからだ。ご都合主義の謎解きにうんざりしているからだ。それでも、『二つの時計の謎』を読んだのは、タイの小説ということで、いわば「昔のよしみ」だからだ。この小説は、1930年代のバンコクを舞台にしているのだが、臨場感がないから、現代の作家がわざわざ時計の針を戻した意味が感じられない。だから、歴史の資料にもならないし、過去のバンコクに浸る楽しみもない。
 タイの小説は出るたびにお付き合いで読んでいるが、もう何年も感動したことがない。井村文化事業社時代を終えたら、他社で出したタイ小説は私にはすべておもしろくなかった。おそらく、無国籍的な現代小説になじめないのだろう。
以前は、少ないとはいえ、年に5冊程度は小説を読んでいたのだが、今年はついに1冊になった。旅行研究の資料として、新たに文庫化されたのを機に『オン・ザ・ロード』(J.ケルアック、青山南訳、河出文庫、2010)を一応買っておいたが、まだ読んでいない。以前の福田実訳の版(『路上』)は、多少は読んでみたものの、なかなか先へ読み進めなかった。私は、小説難読症という病気なのだろうか。
 小説嫌いという性癖はかわらないが、2010年は私の読書生活のなかで、大変革となる出来事が始まった年でもある。図書館嫌いの私が、日常的に図書館を利用するようになったのだ。
 図書館が嫌いだった。あの静寂が嫌いだった。あまりに静かだと、本が読めないのだ。借りて読むのも苦手だった。返却日が決まっているから、本を読む順序は図書館に決められてしまう。本を借りた後に、買った本がおもしろそうだと、一刻も早くその本を読みたいのだが、返却日を考えて、図書館の本を先に読まなければいけない。それが、つらかった。
 図書館の本には、傍線を引いて「ウソを書いてるんじゃないよ!」と書き込んだり、自分流の詳細な註を記入することもできない。だから、大手町の自動車図書館やアジア経済研究所図書館など、専門図書館を除けば、図書館には行かなかった。必要な資料は万難を排して購入してきた。
 その私が、図書館に通うようになったのには、いくつかのプロローグがある。
1、論文集や英語の学術書を求めて、ある大学の図書館に通っているうちに、図書館に対する拒絶反応がしだいに消えていった。
2、イタリア語とスペイン語の単語をいくつか調べたくなったが、手元の辞書やネット辞書では情報が少なすぎるので、10年ぶりに地元の図書館に行った。すると、すっかりデジタル化していて、蔵書検索を自宅でできるようになっていた。
3、そこで、手帳の「購入予定図書リスト」から、高価だからとか、新刊書店にないから内容がよくわからないからといった理由で、まだ買っていない本を検索してみたら、8割くらいヒットした。私が読みたいと思う本は、ちょっとマイナーで、だから地元の図書館にはないと決めつけていたのだが、いやいや、よく揃っている。見直した。
4、部屋に本があふれ、もうこれ以上本が増えるのは嫌だなあと思っている。カネもないくせに、高い本を買って、それでつまらなかったときに落胆をしばしば味わされている。
 だから、内容がよくわからないままネット古書店で「注文」をクリックするくらいなら、インターネットで図書館にアクセスして、読みたい本の「予約」をクリックすればいいのだと思うようになった。
 上記のようないきさつがあって、毎週5冊くらい借りるようになった。書庫や他の図書館にある本は内容の確認をせずに借りるから、手に取ってみると「なあんだ、この程度か」ということもあるから、全部の本をきっちり最後まで読むわけではない。しかし、写真集のように、見たいが、30分で見終わる本に5000円は出したくないという類の本は、図書館で借りるに限る。
 書き込めないといった図書館の本に対する不満は、ふたつの方法で解消した。第一の方法は、ノートをとることにしたのである。以前は本を読みながら、ポイントや疑問点などをノートに書きだしていたのだが、いちいち書き写すのが面倒になって、最近は本をノートにして、余白にどんどん記入することにしている。だから、ちょっと前の習慣に戻り、借りた本を読むときは、ノートを使うことにしたのである。
 もう一つの方法は、本を買ってしまうことだ。図書館で借りて読み始めると、「こいつは、すごい!」という本がたまにはある。すると、読書を中断し、ネット書店のページを出して、「購入」をクリックするのである。部分的ではあっても、何度か読み直すことがわかっている本は、こうして購入する。そのついでに関連する他の本も注文するので、相変わらず本はどんどん増えていく。