2076話 続・経年変化 その40

読書 16 道具学 1

 「インターネット書店ではピンポイントの検索しかできないが、書店で本を探せばいままで意識していなかった本に出会うことがある」と言う人が少なくない。この説を全面的に否定はしないが、私のように職業的な「本探し人」は、ネットの本探しはピンポイント検索では終わらない。

 韓国の食文化を考えていて、料理や食事の道具から食文化を調べてみようと思った。韓国の道具に関する日本語資料はほとんどないから、まずは『ものと人間の文化史 食具』(山内昶法政大学出版局、2000)をチェックした。以前から知っている本だが、2900円+税の本だから、内容のレベルがわからないので注文する財力はない。あやふやな記憶では、古本屋か図書館で現物を見たことがあり、「買おう!」と決意するほどではないなという結論だったのだろう。その本がネット書店で安く売っていたので、今回は購入決定。さっそく読んでみたら、以前の危惧の理由がわかった。著者は食文化に疎いのだ。食文化とは関係のない西洋史の話題は豊富に出てくるのだが、肝心の食文化への記述は薄い。

 しかし、日本の食文化史についてもよく調べているので、参考になったこともある。折敷(おしき)のことだ。今なら「盆」とか「トレイ」と呼ぶだろう。定食がのっている盆だと言えばわかりやすいか。おそらく、昔は食器を直接床に置いて食べただろう。そのあと、板に食器をのせて食べるようになり、それが折敷になり、その下に足や箱がついて銘々膳になり、西洋の影響を受けて、テーブルの足を短くした座卓ができるというのが、日本の膳の歴史だ。板に食器をのせて食事するようすを、永平寺と韓国の寺の食事風景で見た。食器は床の位置にあるから、食器を持ち上げて食べる。箸とサジを使う食事法は、日本でも平安時代に伝わり、『枕草子』にも箸とサジの食事の様子が出てくるが、しだいにすたれていった。ただ、一部の寺ではサジも使う食事の仕方が残った。永平寺がその例だ。朝鮮でも、足がついた膳が登場する前は、床の高さにある板(折敷)に置いた食器を持ち上げて食べていた。床の高さに置いた汁椀の汁をそのまま浅いサジですくおうとしたら、服がびしょびしょに濡れる。多分、汁は日本人と同じように、木の椀に口をつけて飲んだのだろう。

 こういったことを知りたくて、食具の資料を探したのだが、日本以外のアジアの記述が少ない。法政大学出版局の「ものと人間の文化史」シリーズは魅力的なテーマが多く、全巻読破したくなるのだが、その内容をチェックすると、日本に関する記述で終わっているものがほとんどだ。執筆者が日本史や民俗学の学者から文化人類学者に変わればいいがと思ったことが何度もある。このシリーズは1960年代末から始まったのだが、「日本国内の諸事情研究」から、そのそろ地球規模を視野に入れて編集した方がいいのではないかと思う。そういう本が書ける人のひとりが、山口昌伴(やまぐち・まさとも)さんだった。

 山口さんの話は、次回に続く。