283話 ヤシ殻の椀を出ろ その2

『ヤシガラ椀の外へ』は、ちょっと変わった本だ。一応、著者ベネディクト・アンダーソン、翻訳者加藤剛ということになっているが、正確には、ふたりの共著に近い。英語の本を翻訳したものではなく、そもそも原本となる英語の本などない。日本の大学生や若き研究者向けに、ふたりが相談して作った本だ。またしても、話が横道にそれるが、こういう本を読んでいて思い出したのは、『共産国でたのしく暮らす方法』(J.フェドロヴィッチ、工藤幸雄、新潮選書、1983)だ。工藤氏は翻訳者ではなく、共著者だ。おもしろい本だった。
 さて、前回ではわざと書かないでいた「ヤシガラ椀」の謎解きをしておこう。
 この書名は、タイ語インドネシア語のことわざが元になっていると、本文で説明している。
 タイ語では、コップ・ナイ・カラー(ヤシガラの椀の中のカエル)
 インドネシア語では、コドック・ディ・バワ・トゥンプルン(ヤシガラの椀の下のカエル)
 『タイ日大辞典』(日本タイクラブ)でこのタイ語のことわざを調べたら、コップ・ナイ・クラー・クロープ(伏せたヤシガラ椀の中のカエル)とあった。どうして調べなおしたかというと、大意は「井の中の蛙 大海を知らず」なのだが、重要なのは、カバーの絵とは違い、ヤシガラで作った椀は伏せてあるということだ。一寸法師の椀なら、外の世界は見えるし、脱出することも簡単だ。しかし、伏せたヤシガラの椀のなかに入れられたカエルは、外の世界は見えないし、抜け出すのも、小さなカエルなら簡単ではない。
 さて、タイにもインドネシアにもある「井の中の蛙・・・」ということわざだ。英語にもあり、さらに調べると、大もとは荘子の「外篇・秋水第十七」にある文で、噛み砕いて訳せば、「井戸のカエルと海の話はできない。穴しかしらないからだ」といった意味だ。これを「井の中の・・・」と翻訳し、ことわざにしたのは日本らしいのだが、だからといって、タイやインドネシアのことわざが、日本のことわざと関係があるのかどうかはわからない。
 そういった話はともかく、『ヤシガラ椀の外へ』という書名の意味は、「若者よ、枠の外に出よ」という意味だ。別の言い方をすれば、「専門バカになるな」ということだ。
 専門バカにならないように、コーネル大学ではどうしているかという話が、具体的に紹介されている。
 新任の大学教師は、6年間の試用期間を無事終えないと、本採用にはなれない。まずは、その教師の専門分野の教育をどの程度できるのか試され、次に、専門とは違う授業をいくつも担当させられるのだという。政治学の教師に経済学や歴史学の授業もさせるのだという。そいう授業がきちんとできて、晴れて一人前の大学教師になれるのだという。
 学生の方も、同様だ。インドネシア政治が専門だとしても、まずインドネシアのあらゆる分野の研究が要求され、同時に、例えばベトナムなどほかの国の勉強も要求される。そういう環境にいることがわかれば、インドネシアの政治を研究している教授が、タイ文学の研究に手を出しても不思議ではない。
 「専門バカになるな」という話を読みながら思い出したのは、この本にも登場する土屋健治さん(インドネシア政治学京都大学教授だった95年に、惜しくも亡くなった)と、京都大学東南アジア研究センター(2004年に、東南アジア研究所に改称)での雑談だ。センターの図書館に続く廊下を歩きながら、私はこんな質問をした。
インドネシアのことなら、どんな事でも知りたいという人は、日本に何人くらいいると思います?」
 土屋さんは、苦笑いしながら「そんな人、ひとりもいませんよ」といった。ガムランに興味のある人は、バリのガムランにしか興味がなく、ジャワのガムランには見向きもしない。インドネシアのあるテーマについて、専門家と言われる人に聞いても、「私は○○島の専門なので、ほかの島のことは知りません」と言い、同じ島のことでも、「私は○○村の調査をやっているので、△△村のことはわかりません」と言いだす。1990年代初めでも、研究領域、つまり学者の関心は、かなり狭くなっている。そういえば、このときに紹介してくれた研究者のひとりが、この本の訳者である加藤剛氏だった。氏が訳した『スマトラの村の思い出』(ムハマッド・ラジャブ、めこん、1983)が実におもしろい本だったので、インドネシアの子供の教育の話をちょっとした。
 土屋さんとは、東南アジア文学に関するシンポジウムでも会ったこともある。政治学者であってもインドネシア文学にも詳しいということはすでに知っていたが、井村文化事業社から出版されているタイ文学の翻訳を数十冊すべて読んでいることを知った。タイやインドネシアの小説について、翻訳されたものは私もあらかた読んでいるので、楽しい雑談をした。土屋さんは、大学から派遣されてタイで過ごした1年間、翻訳されたタイの小説をまとめて全部読んだという。土屋さんもまた、ヤシガラ椀から抜け出した人だった。
 ちなみに、土屋さんの追悼文集『時間の束をひもといて』(1996年、非売品)に、アンダーソンが文章を寄せている。私も思い出話を書いているから、共著者同士といえなくもない。だからどうだということは、無論ない。
 『ヤシ殻椀の外へ』の具体的な内容は、次回に。