304話 第五帝国の「木の葉の海」 その1 

 たまたま、インターネットでファドに関する日本語の本を知った。ファドというのは、誤解されるのを承知で大胆に説明すれば、ポルトガルの歌謡曲である。その本は、『インターネットラジオ「ファドの時間」公式ガイドブック』(M.T.E.C,2010.)という。書名の通り、インターネットの番組「ファドの時間」に関連する自費出版らしく、わずか44ページのリーフレットのような薄い本で、それでいて934円は高い。本の内容はわからないが、もしかしてマニアが作った濃厚な資料で埋まっているかもしれないと期待が膨らみ、すぐさま注文した。
 数日後に届いたその本は、期待には大きく届かない内容だった。数日前から私の中で燃え始めていたファドの熱を、今しばらくは保ちたくて、ポルトガル関連の書棚に行き、リスボンで買った2冊の本を取り出して、眺めていた。
“reteiro de fado de lisboa”(リスボンのファド案内)は、全部小文字なのが原文のママで、ポルトガル語に英語の対訳がついた解説書だ。もう一冊は、”Humores ao Fado e a Guitarra”(ファドとポルトガルギターのユーモア。アクセント記号は省略)は、ファドに関するイラストやマンガを集めたもので、解説も当然ポルトガル語ポルトガルで遊んでいる間、辞書を引きつつポルトガル語の勉強をしようかと思ったのだが、買っただけでまったく勉強していない。
 こういう本を眺めているうちに、あるCDのことを思い出した。ポルトガル旅行の話は、この「アジア雑語林」にも書いたことがあるが(No.15,16,17)、あのCDの話は書きそびれたままだ。
 考えてみれば、もう10年近く前のことになる。いつものように、都内の中古CDショップの「ワールド・ミュージック」の棚を点検していたら、わけのわからないCDが見つかった。表記してある言語はポルトガル語だが、落葉で埋まった林のモノクロ写真のジャケットは、まるでブラジルを感じさせない。だから、ポルトガルのCDだろうと思ってジャケットの裏を見たら、”LISBOA ・PORTUGAL”と印刷してある。(http://www.amazon.com/Mar-Folhas-V-Imp%C3%A9rio-Quinto/dp/B0000252LN
上記のアメリカのアマゾンではまだ売っていて、$24.34。試聴もできる。日本のアマゾンでは、中古盤が現在4450円)。
 日本のCDショップでは、ポルトガルのCDは、ファドの大歌手アマリア・ロドリゲスのものを除けば、あまり置いてないから、このCDにはどんな音楽が詰まっているのか知りたくて、買ってみることにした。どういう音楽かまったくわからずに買う場合、中古CDショップで1000円以上出すことはないから、このCDも多分1000円以下だったのだろう。
 帰宅して、さっそく聴いてみた。すでに知っている音でいえば、マドレデウスに一番近い。ニューエイジ風とでもいうのか、シンセサイザー室内楽風の、ちょっとファド風味の音楽で、デュルス・ポンテスのバックもこういう音だ。これが現代的なファドの一種らしい。
 このCDに印刷してある“Ⅴ IMPERIO”(キント・インペリオ、第五帝国)というのがバンド名らしく、CDタイトルは”Mar de Folhas”(木の葉の海)という。CDについている冊子には、歌詞に英語の対訳も載っている。このバンドは、シンセサイザーなどキーボードを演奏する二人の男に、イリスという名の女性がボーカルに加わっている編成だ。発売は1997年だ。
 シンセサイザーの音は好きではないが、このCDでは室内楽風の構成がなんだか心にしみて、ほかのCDも聴いてみたくなった。しばらくして、またその中古CDショップに行った時、このバンドのほかのCDはないのか聞いてみると、パソコンで調べてくれて、「ないですね、一枚しかCDは出していませんね」と店員は言った。
よし、それなら、ポルトガルで調べなおして、もしあれば買おうじゃないか。ポルトガルに行こうと思った理由はいくつもあるが、ファドのCDと、カポ・ベルデなどアフリカのポルトガル語圏のCDを買いたいというのも、旅に出ることにした理由のひとつだ。そこに、買いたいCDがもうひとつ加わったというわけだ。
2002年、私はバンコクからマドリッドに飛び、バスでポルトガルに入った。ヨーロッパに行くなら、南回りが楽しい。そのころ、料金だけでいえば、成田発のモスクワ経由リスボン行きのアエロフロートが破格に安かったが、疲れるだけでおもしろそうではなかった。イベリア半島のほか熱帯にも行きたかったので、ひとまずバンコクに行き、さらにヨーロッパに飛ぶことにした。東京・バンコクの往復料金にちょっと多く支払うだけで、タイ旅行のついでにイベリア半島の旅ができる航空券が手に入った。
 *ファドがどういう音楽か自分の耳で確認したい人は、You Tubeで、「アマリア・ロドリゲス」「デュルス・ポンテス」「ミーシア」などの歌手名で検索するといい。この第五帝国の音と映像もある。http://www.youtube.com/watch?v=nStkF0nj12s もし見つからかかったら、“v imperio o castelo”で出てくるかもしれない。女性歌手が歌っている映像で、同じ名前のバンドが多数あるようなのだ。同名のパンクバンドもあるようで、間違えないように。