306話 第五帝国の「木の葉の海」 その3

 2002年か03年ころに、このCDについてインターネットで調べると、一件だけだが日本語での感想が書いてあったのを覚えている。好意的な感想だったが、このCDに関する情報は何も書いてなかった。
 というわけで、このCDについてなにもわからないまま、帰国後も何度も聴き、そして、ファドやフラメンコやアフリカ音楽のCDを買い続けているうちに、「木の葉の海」は机近くの棚からCD用の箱に異動して、今回この文章を書くまで数年間は眠っていた。
 この文章を書くために、久しぶりにインターネットで調べてみると、以前よりずっと多くの書き込みがあるのがわかる。日本語のものは情報と言えるものはないが、このCDについての書きこみはある。ポルトガルの音楽業界の人も知らないCDなのに、なぜ何人もの日本人がこのCDを持っているのか。その謎は、割合簡単に解けた。東京エムプレスという会社が、日本で発売していたのだ。ポルトガル盤というのは、私がリスボンで買ったおまけ付きのものだが、日本で売ったのはおまけ無しバージョンだったらしい。ポルトガルでは話題にもならなかったCDが日本盤になり、ごく一部とはいえ日本人の印象に残り、私のように文章にしている。おそらくは、センチメンタルなコブシが、日本人に受け入れられたのだろう。
 インターネットの発達はすごいもので、FACE BOOKにこのバンドの情報があった。http://www.facebook.com/pages/Quinto-Imperio/107448821969#!/pages/Quinto-Imperio/107448821969?v=info
 さて、このバンド名だ。上記の文章にもバンド名の意味は書いてない。リスボンで尋ねてみたが、「インペリオは、帝国主義の帝国で・・・、でも、第五となると、さて、なんのことか?」という答えしか得られなかった。一応辞書では調べてみたが、何もわからず、それ以上詳しく調べることもせず、今日まで放ってあった。
 だが、現在ならインターネットですぐにわかる。「第五帝国」は、政治学用語か歴史用語か、あるいは文学に登場した語ではないかなどと予想していたのだが、出典はじつはペソアらしい。フェルナンド・ペソア(1888〜1935)は、ポルトガルの有名な詩人だ。日本語への翻訳書が何冊もあるし、イタリア人作家アントニオ・タブッキ(私でも、タブッキの『インド夜想曲』は読んでいる)の『フェルナンド・ペソア最後の三日間』(青土社)という作品もある。ポルトガルの本は多数読んだので、ペソアの名はもちろん知っていたが、例によって文学を敬遠しているので、彼の本は読んだことがなかった。まして詩集じゃ、まず読まない。
 ペソアの作品に、その名も「第五帝国」という題の詩がある。世界の歴史を語っていて、第一帝国はギリシャ、第二はローマ、第三はキリスト教、第四はヨーロッパ、そして第五帝国はどこになるだろうかという詩だ。これで、長年疑問に思っていた第五帝国というバンド名の謎が解けた。詳しく知りたい方は、『ペソア詩集』(澤田直訳、思潮社、2008)を参照。
 こうやって調べてみると、コンピューター検索というのはたしかにある程度の技術や経験が必要なのだが、それよりももっと重要なのは、「知りたい」という好奇心だろう。インターネットもある意味で図書館のようなものだから、利用する人によって得られる結果はまったく違ってくる。どれだけ検索技術を磨いても、「知りたい」という欲望がなければ、どんな資料も機械も、ゴミ同然だ。
 このテーマは、今回で終了。