383話 あと20人の泉ピン子を

 NHKのドラマ「開拓者たち」を見た。貧農の娘が写真見合いで満州開拓者のもとに嫁ぎ、戦後は栃木で再び開拓者になるというドラマで、出来は可もなく不可もなくというところだが、主演の満島ひかりが問題だった。彼女に責任があるのではなく、貧農の娘に満島をキャスティングしたプロデューサーの責任だ。満州開拓に苦労して、引きあげで死ぬ思いをして日本に帰国し、また苦労という女性の顔にはならないのだ。これが、父が事業に失敗し、多額の借金を背負ったお嬢様が、満州に売られていったというストーリーなら問題ないのだが、貧農の娘の役はしっくりこない。
 そんなことを考えていて、日本には「泉ピン子」はひとりしかいないなあと思った。現実の泉ピン子は、もちろんひとりなのだが、彼女のような役者がほかにいないという意味だ。男なら、苦労が顔に出ている役ができる役者がいくらでもいる。ご近所にいる市井の顔といえば、でんでん、ベンガル平田満笹野高史大地康雄、渡辺哲、村田雄浩など、いくらでもその手の顔が思い浮かぶ。しかし、50歳未満の役者となると、宮迫博之など芸人で役者でもあるといった人たち以外どれだけいるだろう。男優も、若手はモデル風かホスト風の顔つきが多くなる。脇役たちの顔も、なんだかのっぺりしていて、あまり印象に残らない。
 開拓者といえば、アメリカ移民を描いた橋田壽賀子脚本のドラマ「99年の愛、JAPANESE AMERICAN」(2010年)では、主たる家族の嫁は、若い時代をイモトアヤコ、中年になってからを泉ピン子が演じていた。イモトアヤコは、「これで役者として、大化けしたらおもしろいな」と期待したのだが、予想の域は超えなかった。悪くはないが、大絶賛というところまでいかなかったが、将来を期待したい。中年以上の苦労している移民女性という役だと、やはり、現実感を出そうとすれば、泉ピン子しかいないのだ。
 ここ30年ほどのテレビ界は、アイドルやモデル出身の役者しか相手にしなかったのではないか。生活感があったり人生に裏街道の匂いを持つ役は、アングラ劇団とか小劇場出身者が担当してきたのだが、若年層になると皆同じような顔つきになってきた。特に女性は「かわいい、美人」だけが基準で女優になったから、人材が乏しい。
 とはいえ、話題になった映画「悪人」だと、主演の妻夫木聡よりも、満島ひかり深津絵里のほうが役になじんでいた。日韓合作映画「ノーボーイズ。ノークライ」(2009)の妻夫木も、顔が甘すぎて、「なんだかなあ・・」と阿藤快になってしまう。
 私はテレビドラマの熱心な視聴者ではないが、何作かは見ている。「異文化」がキーワードになる作品だと、「ちょっと見てみようか」という気になる。
 ドラマをあまり見ない理由のひとつは、現実感のない配役や役者の演技にあるのかもしれない。東京・大田区の、夫婦ふたりだけでやっている町工場の妻や、商店街の魚屋のおかみさんがぴったりする役者がいない。いや、現実にはいるのだが、再現ドラマなどで使われるだけで、連続ドラマの重要な役どころで出演する「おばちゃん」はとても少ないのだ。
 だから、あと20人の泉ピン子を。