416話 “Bathroom Signs”という本で、ちょっと遊んだ

 同時に何冊か注文した「便所本」の2冊目が、ついさっき届いた。
 ”Bathroom Signs”(I.P.Daily , Charlesbridge Publishing , 2011)という本だが、日本人にはこのタイトルはクセ者だ。Bathroomが、バスルームではないからだ。Bathroomは、イギリスでは「浴室」であり、浴室には浴槽と洗面台と便器があるような部屋のことなのだが、アメリカでは「トイレ」を意味することが多い。この本の版元は、アメリカのマサチューセッツ州にあるので、この場合の”Bathroom”は浴室のことではない。日本語で「お手洗い」と言っても洗面所や洗面台のことではないのと同じようなものだ。アメリカの場合、浴槽もシャワーも洗面台すらなくて、便器だけの個室でも”Bathroom”と呼ぶようで、「浴室」の意味に使いたい場合は、“Bath”というらしい。NHK・BSの番組「Cool Japan」が「風呂場」を特集したとき、英語のタイトルを”Bathroom”とすると「トイレ特集」の番組のようになってしまうので、”Bath”か”Bathing”を英語タイトルにしたはずだ。
“Bathroom”という語で思いついたのは、ビートルズの”She came in through the bathroom window.” だ。アメリカのバンドだったら、こういうタイトルの曲はなかなか作らないだろうと想像するのだが、はたして正しいだろうか。身近にアメリカ人がいないので、よくわからん。
 というようなわけで、この本は「トイレの表示」を写真で見せる本だ。その場がトイレであることを示す文字や絵の表示、男女の別を表す絵、そして注意などを書いた文字などの写真が150枚ほど集めてある。この本の最大の欠点は、撮影者の名前は明示しているが、撮影地はいっさい書いてないことだ。宣伝文句は「世界のトイレの表示を・・・」と書いているが、文字のほとんどが英語なので、多くはアメリカ国内かカナダで、一部がヨーロッパやアジアだろうと思われる。この本で紹介しているトイレの絵を、このコラムで文章だけで解説するのは無理なので、ここでは英語の注意書きのなかで、私の高野豆腐頭脳でもわかる文章をいくつか紹介してみよう。私にもわかる簡単な英語なので、原文のまま書き写す。赤字も、原文のママ。
 Once again , make sure that you are a woman. This is a female-only toilet.
 江戸時代の女の旅装束のイラストシールが貼ってあるのが気になるが、英語の表示なので、日本のものではなく、イギリスあたりのレストランのものだろうと推察する。「男は入るな」という文意はもちろんわかるが、これはどういう事情なのだろう。間違って入ってくる男が多いということか、それとも間違ったフリをする男が多いということか。あるいは、女装して入ってくる男に対する注意書きなのか、詳細は不明。次の表示も意味は同じだが、語気が荒くなっている。”bathroom”の語を使っているから、撮影地はアメリカだろう。
 If you have a penis and you want to keep it, please use the other bathroom.
 次は撮影地がわからないと困る例のひとつだが、しゃがみ式便器に乗ってしゃがんでいるイラストがあって、赤い太線で×印がついている。その隣りのページの写真は、次のような文章が壁に書いてある。
 For safety and maintenance reasons , please do not stand on the toilet seats.
 この場合の”stand”は「立つ」ではなく、便器に登るというような意味合いだろうか。まさか、便座に立って用を足す人がいるとは思えないでしょ。便座に登って、しゃがんで用を足すというのは、どうも欧米でもまれに見られる姿勢らしい。
 パソコンで画像検索していたら、イラスト付きで上記のサインが見つかった。”stand”と書いてあるが、イラストはしゃがんでいる。http://failblog.org/2011/04/11/epic-fail-photos-oddly-specific-gotta-get-in-those-squats/
 しかし、さらに画像を探すと、便座の上で立っていたり、中腰になって小用をしている(おそらくは女性)の図もあり、日本人が考えるような「しゃがむ姿勢」だけではないかもしれない。便座を割ってしまう人がいるので、便座のない便器は、かくして生まれる。
“GIRLS”という表示があるドアに、次の貼紙。
 Someone broke the lock. Block the door with your foot.
「両足でドアを押さえろ!」という張り紙をしても、カギを直さないのだねえ。
上記のような例はなんとか理解できるのだが、私の中3高野豆腐頭脳では皆目わからない表示がいくつもある。ここで3本だけ書きだすので、恐れ入りますが、どなたかが(と言っても、親切な真知先生くらいしか翻訳してくれないでしょうが)訳していただけませんか。どういう意味か、気になるのですよ。よろしく、お願いします。
 Hold for effective flush,
 Please do not compact by hand.
 Never squat with your spurs on. 
  賢人に頼ってばかりでは申し訳ないので、自分でももう少し調べてみる。辞書でわからないことは、パソコンにきいてみようというわけで、上記の文章を調べてみたが、自動翻訳では歯が立たない。ただ、3番目の“Never・・・・” を調べると、「カウボーイの格言」といった内容のページ(英語)で、この文章が紹介されている。カウボーイか。じゃあ、spursは「拍車」だ。この語の意味を探っていたのだが、やっとわかった。ブーツに付ける拍車のことだ。ということは、このサインの意味は、「拍車を付けたまましゃがむんじゃない」になりそうだ。カウボーイが野グソをするとき、拍車をつけたまましゃがむと、尻や腿をけがするぞということなのだろう。翻訳として、それでいいのか、あるいは「油断大敵」のように、「〜ということから意味が転じて・・・」と別の意味があるのかどうかはわからない。牧場や乗馬クラブのトイレなら、腰かけて用を足すだろうから、ブーツに拍車がついたままでも差支えないと思う。だから、現代のトイレにわざわざサインを貼りだす意味がないようで、考えればまたわからなくなる。
 それはそうと、”bathroom signs”などで画像検索すれば、数多くの写真が出てくるからわざわざ本を買う必要はないかもしれない。しかし、この本同様ネット上の画像も、そのほとんどは撮影地不明だから資料にはならない。こういう写真も、発掘品と同じで、場所と状況がわからないと、資料的価値はない。