■自称はBroadcaster、第三者が紹介するときの肩書はDJや音楽評論家のピーター・バラカンは1951年イギリス生まれ。1974年に日本に来て音楽産業で仕事をするようになるのだが、来日間もないころの話をラジオでしていた。
日本人が「すごいバンドだぜ」と話している「ドアーズ」というバンドを知らない。そんな有名なバンドを、ロンドンのレコード店で働いていたこともある自分が知らないわけはない。そこで、調べたらThe Doors。「なーんだ、ドーズのことか」とわかった。イギリス人は語尾のRを発音しないから、doorは「ドー」と発音します、とのことだった。
イギリスとアメリカの英語の違いに関しては、もう40年ほど前に新書を読んだことがあったが、それ以後ちゃんと調べたことがない。イギリス英語に初めて接したのはインドではなく香港だ。散歩していたら、ビルに「出租 to let」という張り紙がしてあった。アメリカ英語なら「for rent」だよなと思った記憶がある。意味はどちらも、「貸します 貸間」だ。
40年以上前に読んだ新書はウチではもう見つからないので、適当な本をアマゾンに注文した。『アメリカ英語とイギリス英語』(大石五雄、丸善ライブラリー、1994)ほか何冊かだ。
この本の紹介をする前に、私の誤解の話をしておこう。イギリスの英語は、アメリカにわたって多民族国家のなかで理解されやすいようにシンプルになり、わかりやすくなったと理解した。それは間違いではないのだが、古いイギリス語がアメリカに残ってるという事実もある。言語学ではよく言われることで、例えば日本でも古い京ことばが京都からはるか離れた街に残っているといった事例だ。
英語の場合、そのわかりやすい例が語尾のRだということを、ピーター・バラカンの話を聞くまですっかり忘れていた。doorもcarも語尾のrは、イギリスではすでに発音しないが、アメリカでは古い時代の発音が残っているのだったな。
発音の話はともかく、『アメリカ英語とイギリス英語』を読んで、私の英語知識はアメリカ英語だなとつくづく思うが、発音は日本式なので、どちらかと言えばイギリス英語に近い。アメリカ英語のRを強調する発音、わかりやすく言えば、桑田佳祐風の、「キャノジョギャ~(彼女が~)」といった発音が嫌いなので、イギリス英語に近くなる。アメリカで「あなたの英語の先生はイギリス人ですね」と言われたことがあるが、イギリス人に英語を習ったことはない。日本式発音が、イギリス風と思われたのだ。
この本に、”knock up”という表現が出てくる。Knock me up at six.といえば、この表現を知らない私でも、「ドアをノックして6時に起こして」という意味だろうと想像がつく。これはイギリス英語で、アメリカではknock upは「妊娠させる」という意味だと? 知らんぞそんな意味。イギリス人がアメリカに来てびっくりする表現だという。
逆に、「なんだよ、そのイギリス英語は」と言いたくなるのは、shopという単語で、イギリスでは「密告する」という意味もあるという。
上に、私の英語知識はアメリカ風だと書いたが、どうやら違うなと思えてきた。Zebraだ。この単語の第一の意味はもちろんシマウマで、アメリカでは「ジーブラ」、イギリスでは「ゼブラ」という発音になるのだが、第2の意味は横断歩道のことだ。私はこれをアメリカ英語だと思っていたのだが、zebra crossingはイギリス英語で、アメリカではcrosswalkというそうだ。
街の繁華街を、アメリカではdowntown、イギリスではcity centreというとは知らなかった。いまパソコンのwordで、centreと書いたら、「綴り要注意」の赤下線がついた。アメリカ式に書かないと誤表記と感知されるようだ。英語と言っても、イギリスやアメリカの英語だけでなく、オーストラリアやニュージーランドやカナダやシンガポールなどの英語もあり、もちろん日本にも「マンション」のように日本でしか通じない「元英語」もある。
イギリス語とアメリカ語の違いは、toiletとbathroomを例にした話は何度か書いたことがある。これも、そのひとつ。
きりがないので、この話はここまで。この本なんか、電車で読んでいても楽しいと思うのだが、多くの人にはスマホの方がいいんだろうな。
*この文章を書いたあと、念のため書棚の「言語」の棚を再度点検したら、上の文章で「40年以上前に読んだ新書」と書いた本を見つけた。『米語便利帳』(種子慶子、高陽書院、1970年)だが、今読み返すと、えらく古い。昔出版された本をネタ本にしてそのまま引用したような内容だ。100年前の英語か。