1267話 風がープを奏でるように 76回

 最終章 落穂ひろい 1

 

 プラハの話を書き始めたころは20回程度で終わるだろうと思っていたが、書けばわからないところがどんどん出てきて調べ始めて、ついつい長くなった。そろそろ店じまいとしよう。最後に「落穂ひろい」として、1回で書くには短いメモをいくつか書いておこう。

トイレ・・・いままでの旅行記では何回かにわたりトイレの話を書いたが、チェコに関しては書くことがない。日本の常識と相違のないトイレだったのだ。スペインやイタリアでは便座のないトイレ、破壊されたトイレもあったが、チェコでは私の体験では日本レベルにきれいで整備されていた。しかし、1980年代のチェコに滞在していた日本大使夫人が書いた『私はチェコびいき』(大鷹節子、朝日新聞社、2002)を読むと、1980年代のチェコのトイレは、大使夫人の使用には耐えられないひどいものだったらしい。チェコが観光の時代に入り、トイレも整備されたということだろう。

 1980年代から東ヨーロッパをよく旅してきた知人女性に、「チェコのトイレはすごいぞ、便座がちゃんとある!」と話すと、「私、便座は使わないことにしているので、あってもなくてもいいんです」と言われてしまった。潔癖症の人は、アジアに多いしゃがみ式の方が、便器に触れないので安心らしい。足腰と胃腸を鍛えておかないといけない。

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 ヨーロッパでは室内便器を使う歴史が長いので、トイレの歴史は新しい。これも便器の一種。洗濯ばさみの意味はないだろう。プラハ城にて。

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 グランドホテルの共同トイレ。

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 この5部屋の宿泊者がこのトイレのカギを持っている。

 

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 中央駅の美しいトイレ。

 

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 女性用トイレのドアだから、疑われるのが怖くてあわてた上に、暗い空間で寄って撮影したから、手振れを起こしてしまったが、記録のために公開する。黒い聖母の家の美術館トイレ。

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 こちらは男性用、念のため。

 

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 国民劇場をこういう構図で写真を撮るのは、何も考えていない観光客か、私のような研究者だけだろう。トイレを意味するチェコ語はzachod(ザホッド)が一般的らしいが、表示ではWCやToaletyを使う。散歩中にその文字を見たら撮影しないわけにはいかない。しかし、いろいろなことが気になっていて、この公衆便所の侵入調査を忘れるという失態をしでかした。

 

ボヘミアン・・・ボヘミアンとは、もともとは「ボヘミアの人」という意味だ。ボヘミアとは、チェコの西部をさす地域の名称だ。チェコの西部がボヘミア、東部がモラビアだ。ただしこの名称はラテン語によるもので、チェコ語では西部をチェヒ、頭部をモラーバという。ボヘミアという名は、古代にボイイと呼ばれる人々が住んでいたことによるらしい。

 19世紀のフランスで、ボエーム(Bohème)が強い関心を呼ぶようになった。英語ではボヘミアン(Bohemian)である。自由な生き方をする人たちという意味で、パリに集まる芸術家たちがあこがれる人たちというニュアンスで語られることになった。これはジプシー(ロマ)が「ボヘミアから来たらしい」という推測から、「ボヘミアから来た人」ということでボヘミアンと呼ばれるようになった。ちなみに、今、出版物に「ジプシー」と書くと、編集者は機械的に「ロマ」と書き換えるが、「ジプシーは蔑称ではない」と主張する研究者が多い。同様に、エスキモーを機械的に「イヌイット」と書き換えるのも問題がある。乞食と書くと、「物乞い」と書き換えられるが、チンピラの罵倒や江戸時代の話に「物乞い」の語を使うのはおかしい。出版社はおかしいかどうかよりも、トラブルが起きない方を選ぶので、自主規制という変な書き換えを行なう。

 ボヘミアンと言えば、クイーンの「ボヘミアン・ラプソディー」だ。その歌詞がよくわからないとたびたび言われてきたが、先日放送されたテレビ番組「Song to Soul」(BS-TBS)で、クイーンのファンクラブ元会長(イギリス人)が、「あくまで私見ですが」と断った上で、「あの歌は、フレディー・マーキュリーが『自分はゲイだ』と宣言した苦しみの歌だと思います」といった。歌詞にある「ママ、僕は人を殺したんだ」というのは、ゲイだということを隠している自分を、僕が殺したという意味だという解説で、その謎が解ければ、歌詞の意味がよくわかる。

 

コーヒー・・・プラハで見た記憶のある自動販売機は駅などにある交通切符の販売機と、このコーヒー販売機。これはショッピングセンターの中で見かけたもので、たぶん、会社や工場、学校など閉鎖された場所にはこうした自動販売機はあるだろうが、路上では見ない。

 

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 ショッピングセンターで見かけたコーヒーの自販機。

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 数字を5倍すると日本円になる。ラテ・マキアートは125円。