1266話 プラハ 風がハープを奏でるように 75回

 墓を探す

 

 ビシェフラド地区に行ってみた。城跡や墓地がある地区だ。きつい坂道を登って丘の上の城跡に出た。ここからプラハの東側が見渡せる。その眺望を求めてここに来たのではないが、予想していなかった収穫だ。

 

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 城門をくぐると、城跡。

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  あまり知られていないが、プラハを見渡せる高台でもある。左手にブルタバ川、遠くプラハ城。

 ここは墓地として有名なのだ。敷地はとても狭い。青山墓地のような広い墓地を想像して出かけたのだが、ざっと見渡せば、全域が視界に入る。あてにならない目測だが、30メートル四方もない。だから、墓の案内板を探さずに、とにかく歩いてみる。作曲家ドボジャーク(ドボルザーク)の墓は難なく見つかった。作家カレル・チャペックもすぐにわかる。作曲家スメタナもわかりやすい姿だ。 

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 ドボジャークの墓。

 

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 チャペックの墓は、作家らしく本のデザイン。

 

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 スメタナの墓は楽譜入り。

 

 あとは画家ムハ(ミュシャ)の墓が見つかれば、私が知っているチェコ人はほぼ押さえたことになるのだが、見つからない。ムハの絵が付いた墓石を想像して探したが見つからず、しかたがなくひとつひとつの墓名を見ていったが見つからない。そもそも、ここにムハの墓があるのかどうかも怪しくなり、墓地案内板で確認しておきたくなった。

 入り口に埋葬者リストがあったが、いちいち探すのが面倒になり、おばちゃんグループがリストの前でがやがやしゃべっていて、リストが見にくい。それならば、おしゃべりが終わるのを待って自分でリストをチェックするよりも、おばちゃんたちに聞いたほうが早い。幸運にも、ひとりが英語をしゃべった。

 「画家のムハね。え~と」と人差し指がリストの上をなぞり、「あっ、これね」と指さした。“malir”は「画家」だと教えてくれる。旅に出ると、おしゃべりなおばちゃんが情報源になる。

 

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 写真なかほどに、MUCHA Alfonsの文字がある。

 

 リストの番号を案内図で確認したが、すでに行った場所だ。念のために再度行ってみたがわからない。墓番号を見間違えたのかと埋葬者リストを再度点検したが、間違いない。案内図で示す場所にまた行った。そこは何人もいっしょに埋葬した共同墓で、天下のムハがそういう場所で大勢といっしょに埋葬されているわけはないよなあと思いつつ、石板の募名を見ていくと、あった。3人まとめた墓だ。

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 まさかこういう共同墓にあるわけはないがと思いつつ、墓碑を調べると、

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 3人いっしょに入っていた。

 

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 そのほかの、墓。映画監督の墓かと思ったが、Fotograf komeramanという説明で映画カメラマンだとわかる。

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 マンガ家の墓だろう。

  某日、郊外の団地を歩いていると、歩道脇に墓のような石板が見えた。近づくと、やはり墓のようだ。道路脇だから、実際の墓ではないだろうが、思いを込めた石碑なのだろう。

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17.3.1992~14.10.2000 交通事故か。引き算をして、悲しみの深さがわかる、たった8年の生涯。