480話 そばよりも、うどんだな。そして立ち食いそば屋の話。

 その昔、長野県各地でしばらく取材していたことがあった。「長野といえば、そば」という連想で、仕事とは直接関係はないが、そばを食べてみようかと思った。じつをいえば、それ以前に、そばを食べたことは数回しかなかった。自宅でも、店でも、まずそばは食べない。諸事情により、立ち食いそばの店に行ったことはあるが、うどんを注文した。
 そばが嫌いというわけではないが、積極的に食べたいとは思わないので、それまで食べる機会がほとんどなかったのだが、長野にいるのだから、昼食は毎日そばにしてみようかと思った。取材に飽きると、そういう遊びをしたくなるものだ。長野のそば屋だからと言って、すべてのそば屋で長野産あるいは国産のそばを使っているわけではないことは、もちろん知っている。しかし、国産と外国産のそばの違いは、わたしにはわからないのだから、どうでもいいことだ。
 昼飯時にうまそうなそば屋を見つけたら、そこでそばを食べることにしていたら、そばをほとんど食べていない私にも、「うまい」と思えるそばにも出会えることが多い。それならば、駅の立ち食いそばはどうなのか調べてみたくなった。「長野では、駅の立ち食いそばさえ、第一級」なんてことがわかれば、エッセイのネタになるかもしれないという下心で、県内の大きな駅で食べてみたら、ネチャネチャでフニャフニャと柔らかく、まるでうまくなかった。
 そんなことを思い出しながら読んだのが、『ご当地「駅そば」劇場』(鈴木弘毅、交通新聞社新書、2010)だ。全国の駅そば事情を調べた新書なのだが、このタイトルの意味は、即物的な立ち食いそば事情の本ではなく、その土地やその店で働いている人々のことも書きたかったからだという。私の好みは、徹底的に即物的な『駅そば図鑑』の方なのだが、まあ、それはいい。
 「駅そばと言っても、西日本はうどん地域だろうに」という疑問を抱きつつ読んだのだが、「意外」と「やっぱり」があった。「意外」というのは、関西でも、店の看板やのれんに「そば」という文字があることだ。しかし、「やっぱり」と思ったのは、西日本のうどん地域でそばを注文すると、「そばでいいんですか?」と聞き返されることが多いとか、そばは割増し料金になっている店があるといった話がでてくることだ。
 おそらく、いまだ「秘密のケンミンSHOW」(日本テレビ系)でもやっていない企画だと思うのだが、立ち食いそばは「地元色を強く出したい」食べ物の最右翼ではないかという気がするのだ。弘前駅には、「ジュンサイそば」がある。仙台駅には「牛タンコロッケそば」がある。金沢駅には、「シロエビかき揚げそば」がある。松本駅(長野)には、「葉わさびそば」があるといった具合に、町おこしと地元産品の普及などいくつもの使命と期待を浴びて、立ち食いそば屋で客を待っていることがわかる。こういう「創作地元料理」は、立ち食いそば以上に広がりのある料理を知らない。
 そういう意味では、そばが単に「うまいかどうか」というだけの判断基準で規定されると世界が広がらないが、「ケンミンSHOW」的視点で見ると、なかなかにおもしろいものである。
 じつをいえば、駅そばの情報は、
「日本全国駅そばカタログ」http://homepage2.nifty.com/b2/
「全国駅そば選手権」http://ashraf.web.fc2.com/
が詳しい。こういうネット情報の方が、最新情報が載っているし、カラー写真も自由に使えるので、印刷物には向いていないのかもしれないという気もする。私好みの「図鑑」なら、ネット上にすでにあるわけだし。
 そうそう、思い出した。香川では当然うどんばかり食べて過ごしたが、駅のうどんだって、充分にうまかった。どこで食べてもうまかった。そこで、「香川に、よそ者でも『まずい』と感じるうどん屋はあるのか」という疑問を抱いた。どうなんだろうねえ。