481話 コアラのマーチと、都道府県や市町村ののシンボル

 例えば、ドラマのなかで、主人公が東京の生活を清算して、別の場所で生活するというストーリーで、白い時計台が映れば、「ああ、札幌に引っ越したのか」とわかる。あるいは、雪の坂道で坂下に海が見えれば、「これは函館か」と気がつくし、運河と倉庫なら小樽だ。原爆ドームが映れば、広島。通天閣なら、大阪。京都だと、清水寺の舞台の向こうに古都の風景というお決まりの構図だ。
 このように、〇〇県(あるいは市)ならこれという「ご存知!」の景色があるのは幸せな街だ。風景でなくても、〇〇県といえば、△△というように名物が浮かぶ地は、知名度でもA級ということになる。全国の都道府県や市町村は、さまざまな町おこしを行なって、知名度とイメージの向上に努力しているのである。
都道府県や市町村のイメージに興味がある者として、都道府県のコアラに注目してみた。コアラというのは、ロッテの「コアラのマーチ」のことで、都道府県を代表する姿のコアラが出揃ったという広告を見つけたのだ。じつは、私は一度も食べたことがないのだが、味の話をするわけではないので、菓子そのもののことはどうでもいい。
 都道府県のコアラ像は、ここ。http://www.koala-blog.jp/collection/
 北海道は、メロンを食べるコアラか。たしかに夕張メロンは有名だが、メロンですぐに北海道を思い浮かべるだろうか。青森ねぶたコアラ、秋田なまはげコアラなどはわかりやすいが、赤べこで福島を連想させようというのは、むずかしい。しかし、それならば、何ならいいのかとなると、私にもわからない。神奈川箱根金太郎コアラか。そうか、足柄山の金太郎だけでは神奈川をイメージするのは弱いから、「箱根」を加えたのではないだろうか。名古屋エビフライコアラ。愛知ではなく、名古屋と都市名を使っているのは、日光猿コアラとこの2例しかない。「名古屋といえばエビフライ」と言い出したのはタモリだが、こんなところで名古屋のシンボルになっているとは。
 岐阜県のコアラは、「岐阜飛騨さるぼぼコアラ」だ。猿のぼぼ(赤ん坊)の人形だから、「さるぼぼ」で、高山の土産物として売られていることは以前から知っていた。勉強会のためにその高山に来た時のこと、街を散歩していると、店頭にこの「さるぼぼ」が山積みされているのを見つけ、すぐそばにいた森枝卓士さんに「さるぼぼ」を指さしながら声をかけた。
 「ねえ、この人形のこと、知ってる?」
 「うっ、何、これ! 九州人には、なんというか・・・・」と絶句した。
 彼が熊本出身だということを知っていての狼藉である。
 そういえば、ここで、突然思い出した忘れえぬ話 その3(小ネタですが)。
 1950年代末から70年代に日本で活躍したアメリカ人プロレスラーに、ボボ・ブラジル(1924〜98)がいた。70年代の初めころだったか、物知りの友人がこんな雑学を披露した。
 「この名前じゃ、東京では問題なくても、九州じゃ使えない。だから、九州の放送ではアナウンサーは『ブラジル選手』と呼んでいたのである」
 なんとなくこの話を信じていた。それから長い年月が流れ、蔵前さん(鹿児島出身)にこの雑学を話すと、「それ、違うね」と即座に言った。
 「プロレスが九州限定のローカル放送ということは考えられない。全国放送です。だから、九州限定のアナウンスということは、ありえないというわけです」
 お口直しに、チューリップの話。都道府県のコアラを見ていて、「長崎チューリップコアラ」というのが気になった。チューリップといえば、富山が思い浮かぶが、それは球根出荷額で、花の出荷額では新潟が日本一らしい。この2県で日本のチューリップ生産のほとんどを占めているのだから、長崎の出る幕はない。ちなみに、コアラのほうは、「新潟上杉謙信コアラ」と「富山ホタルイカコアラ」で、チューリップは出てこない。
 だから、なぜ長崎がチューリップなのか調べてみると、オランダの風景を写したハウステンボスがチューリップで売り出そうとしているという政治的意図が見えてきた。こういう風に、コアラのマーチ政治学を探ってみるのも興味深い。ロッテに対して、各都道府県の観光課や農林課や産業課などが積極的に売り込んだ形跡がうかがえる。