505話 見ればすぐにわかる場所

 例えば、テレビドラマや映画で、主人公が東京からどこかに行ったとする。行った先を文字で示さずに、映像を出して、「ああ、○○県(あるいは〇〇市)に行ったんだなあ」とわかる場所というのは、実はかなり少ないような気がする。「文字で表わさずに」というのは、字幕で「仙台市」と入れないというだけではなく、「博多駅」という看板があるビルの下を主人公が歩いているというシーンも使わないという意味だ。稚内の海岸に建つ「日本最北端の地」の碑にしても、その文字がなくても稚内だとわかる日本人は、けっして多数派ではないだろう。
 単純に、映像だけで、その場所がどこかわかるというのは、日本にどれだけあるのだろうかという遊びをときどきやっている。わざわざ言うまでもないことだが、以下の文章は私個人の知識と判断で書いているだけのことで、一般化などできそうもない。大規模な全国調査でもしないと、わからないことだ。
よし、北から見ていくか。
 北海道はいくつもあるぞ。札幌の時計台。クラーク博士の像はちょっとマイナーか。小樽の運河。函館は坂道だけではわかりにくいが、高い位置から撮影した五稜郭の映像を見せればわかる。富良野あたりのラベンダー畑も、わかる人が多いだろう。ドラマ「北の国から」のロケ地は、ドラマを見ていた人にはすぐわかる風景だ。日本でもっとも有名なドラマロケ地かもしれない。広大なジャガイモ畑など、北海道にはまだまだ「おなじみ」の風景がいくつもあるだろう。
 東北に入ると、とたんにイメージが湧いてこない。「ねぶた」など、祭りの映像は使わないことにする。ドラマの中で、いつでも使えるわけではないからだ。十和田湖奥入瀬、だめだ。この風景を見ただけで、視聴者が「ああ、青森だ」ということには、多分、ならない。弘前城もだめ。城マニアでもないと、城の写真を見て、その場所をすぐに言えるという人は少ない。季節を限定しないという規則を作ったから、桜と城で弘前城という情景も採用しない。岩手県の平泉、金色堂は有名ではあっても、建物の外見を見てすぐさま「岩手か」とは、なかなかわからないと思う。宮城だと、松島、伊達政宗像くらいか。
 秋田、山形はナシ。福島は大内宿、五色沼スパリゾートハワイアンズなどがあるが、ひと目見て「福島だ!」とはならないだろうなあ。
 各都道府県を点検していると長くなるので、先を急ぐ。
 関東では、栃木の日光。群馬は伊香保温泉の石段は、関東では有名だと思うが、全国区かどうかは不明。草津の湯畑や湯もみ踊りなどは知られているが、西日本の人は、草津群馬県だとわかるだろうか? 埼玉、ナシ。茨城は水戸黄門像を出すか? 千葉はディズニー・リゾート。次点は成田空港だが、空港の外見だけで「成田だ!」とわかるのは難しい。神奈川は、氷川丸が見える港か。中華街は門の文字を見せないと、「横浜だ」とすぐにわからないかもしれないが、まあ横浜のイメージは伝わるだろう。伊豆、箱根も写真だけで、誰でも場所が特定できるとも思えない。
 静岡は富士山のイメージが強いのは、山梨に気の毒だ。東海、中部、イメージわかず。金沢・兼六園の姿も、全国に知れ渡っているとは言えない。合掌造りは、白川郷岐阜県)と五箇山富山県)にまたがって存在するので、そのどちらなのかわかりにくい。2時間ドラマが大好きな中高年女性は福井県東尋坊になじみがあるようだが、あの画像は全国に知れ渡っているのかどうか、私にはわからない。長野の妻籠宿、岐阜の馬籠宿の区別は画像だけでつくか?
 京都は多いから、いちいちあげない。大阪は通天閣、グリコのネオン、食道楽など「ベタな大阪」がいくつもある。それに引き換え、神戸は異人館か。テレビでは神戸タワーの映像を使うことが多いが、あのタワーを見て「神戸!」とわかるのは、関西の人だけだろう。甲子園球場の姿で、「ああ、大阪だ」と言い出す人は少なくないだろう。奈良は鹿、大仏、飛鳥の石造物など多数。三重は伊勢神宮か?
 広島は原爆ドーム厳島神社の大鳥居。世界遺産石見銀山島根県だが、映像をみて「石見だ」とわかる人は少ないし、例えわかったとしても、「だから、島根」というところまでわかるのはクイズマニアか世界遺産マニアだろう。砂丘なら、鳥取だとわかるだろうか。山口県岩国市の錦帯橋は、独特の姿で有名ではあるが、あの橋を見て、岩国とわかるか? 岩国とわかっても、それが何県なのかわかるかといった疑問はある。同じように、萩と津和野は風景で区別がつくか、あるいは、萩が山口県で津和野が島根県だとわかっているかという疑問もある。秋吉台だと、山口ということは多少は知られているだろう。
 高知は桂浜の龍馬像。香川の金毘羅宮は、やはり長い石段の映像か。九州は、長崎には多い。大浦天主堂、長崎平和祈念像グラバー園など。鹿児島は桜島屋久島(屋久杉)。阿蘇日南海岸は、その映像を見てすぐに場所は思い浮かばないだろう。沖縄は、首里城など多数ある。
 という具合に、大急ぎで日本縦断したが、「わが故郷の〇〇を知らないのか!」という怒りはあるだろうが、同県人が思っているほど全国的に有名な姿というわけではないことが多い。有名かどうかというだけでなく、その姿や風景で所在地がわかるというのは、やはり難しいものだと思う。青森の人なら、岩木山は見てすぐにわかるかもしれないが、その美しい姿が全国に知れ渡っているわけではない。山の姿でだれでもすぐにわかるのは、富士山と桜島くらいだろう。九州人なら阿蘇山はわかるだろうが、全国の誰でもわかるわけではない。山、湖、川、神社、寺などは、なかなかわからないものだ。湖の写真で、琵琶湖か浜名湖か、あるいはそれ以外の湖なのか、ほとんどの人にはわからないだろう。城も同様で、名古屋城大阪城の区別は、城に興味のない者にはわからない。松本城と熊本城も素人にはわかりにくい。見てすぐに判別できる神社仏閣は、清水寺平安神宮東大寺法隆寺金閣寺銀閣寺などいくつかある。鶴岡八幡宮、川崎大師、成田山新勝寺などは南関東の人にはよく知られているが、それ以外の人には映像での記憶はないだろう。
 駅で電車を待っているときや、本を読むには目が疲れているときに、「松山の道後温泉本館は、全国区かなあ」などと考えていると、けっこう楽しいし、時間つぶしにもなる。自宅にいれば、パソコンで画像検索して、「うーん」と唸る。こういう、アームチェアー・トラベルも楽しい。