710話 台湾・餃の国紀行 2015 第15話

台湾の薄味について、あるいはラーメンの話 その1


 以前から感じていたのだが、台湾の汁は薄い、うまくない。豆腐のスープであれ、魚団子のスープであれ、ワンタン麺であれ、透明なスープは、ダシではなく、ただのお湯ではないかと思うことがある。しかも、きわめて少量の塩が入っているだけで、食堂で目は卓上の塩を探してしまうのだが、塩などなく、我慢して食べることになる。ダシのうま味も塩味も薄いのが、台湾の汁だ。
 酸辛湯のように酸っぱくて、辛いスープや、とろみがついたスープや、漢方薬臭い牛肉麺のスープなどは、塩以外の調味料や香辛料のせいで、薄味が気にならないが、透明なスープの場合は、いかんともしがたい。
 ネットなどを読むと、「台湾人は薄味好み」といった情報があるが、台湾の食べ物の多くが薄味とは思えない。ある料理を、「薄い」と感じるかどうかは、食べたその人の好みと大いに関係がある。私の好みを書いておくと、根拠もなく、かなり濃いめが好きだろうと想像していたのだが、インスタントラーメンの汁は塩分が強すぎる。大阪で食べたうどんはすべて塩分が強すぎて、汁を全部飲めなかった。東京のうどんは、そもそも食べない。讃岐うどんは、ちょうどいい塩梅だ。タイの麺、例えばバミー・ナムというような汁そばは、塩分はちょうどいい。薄いと思ったことはないし、濃すぎると思ったこともない。
 そういう私が台湾の汁そばを食べて、薄すぎると感じる。だから、「台湾人は薄味好み」と結論を出してしまえばいいのだが、ことはそう簡単ではないように思う。華人の麺食い人を見ていて気がついたのは、麺は主食だということだ。日本人にとっての麺は、それだけで完成した料理なのだが、華人にとっては、日本人の米の飯と同じように主食であり、おかずと一緒に食べるものなのだ。だから、牛肉麺など具の多い麺料理を例外として、日本の麺のように具が山盛りという汁麺は少ない。「もやしそば」とか「天ぷらうどん」といったバリエーションは少ない。料理を麺の上に乗せて具にするのが日本式で、華人は麺とおかずで食事が成立する。中国北方の人にとって麺は主食だから、強い味がついていない方がいい。麺と同じように主食になるか饅頭(まんとう)も、なかに餡などない蒸しパンのようなものだ。日本を例にたとえ話をすると、素うどんを主食に、焼き魚と揚げ出し豆腐をおかずに食事をするという感覚だろう。
 麺の料理といえば思い出すのは、台湾でも香港でも東南アジアでも同じなのだが、麺の量が日本と比べて、半分か、3分の2くらいと少ないことだ。小丼という感じの器だ。日本のラーメンのあの量の多さは、どういう歴史的要因があるのだろうか。
 さてそこで、食文化研究というのは難しいものだとつくづく思うという話だ。台湾の食文化をよく知れば、日本のラーメンなど進出できる余地はない。昨今日本で流行のラーメンスープは濃厚だ。「豚骨白濁スープ背脂乗せ」なら、なおさらだ。想像でいうのだが、塩分は台湾のスープの3〜4倍くらい多いと思う。日本のラーメンの麺とスープの量は、台湾汁麺の2倍近くある。「日本の外食産業は、台湾の食文化を考慮して・・・」などと考えたら、ラーメン屋を台湾でやろうという発想はないし、「台湾人に味の濃いラーメンは受け入れられない」という結論が正しいことになる。しかし、現実はどうだ。台湾でラーメンが大ブームなのだ。
 日本のラーメン屋が台湾に進出してきた数年前には、この「濃い味」にギャップがあったようで、客の好みでお湯を足すという話が、インリン・オブ・ジョイトイ(懐かしい名前だ)のブログ(2012年11月)などに出てくる。
http://ameblo.jp/yinlingofjoytoy/entry-11408306615.html
 ラーメンは台湾の麺よりも、2倍以上高い価格なのに人気がある理由のひとつは、量が多いということでもあるらしい。量が多いので、台湾の麺料理より高くても、「まあ、いいか」と納得できるらしい。こういうことがあるから、食文化研究は難しいのだ。「台湾人の好みは・・・だから」などと、簡単に言わない方がよろしいと自戒する。
 この話は、次回に続く。