709話 台湾・餃の国紀行 2015 第14話

 チリレンゲの旅


 突然、チリレンゲを買いたいと思った。今使っているのは、タイのインスタント粥ひと袋8バーツ、日本円で25円ほどにおまけとして付いてきたアルミ製のもので、使い勝手はいいのだが、あまりに安っぽいので、本場の台湾でいいのを買おうかと考えたのである。たかだかチリレンゲ、翡翠や金や銀のものを買おうというのではないから、値段などど〜ということもない。チリレンゲ(散蓮華)というのは日本語で、レンゲの花に似ているからそう呼ばれるようになった。中国語では総称として「匙」であり、日本人がチリレンゲと呼んでいるサジを指す場合は、「中式湯匙」などというようだ。
 私の旅の楽しみのひとつなのだが、散歩中に、ある物を探す旅を兼ねるということをよくやる。どうしても必要なものを買いに行くのではなく、「いいのがあれば、買うか」という程度の物を求めて歩くうちに、その国での、その物の価値や種類といったものがわかってくるのがおもしろいのである。かつて、バンコクでパンツを探したことがある。どうしても欲しかったわけではないが、パンツのゴムが伸びてきたので、買い替えてもいいかなということがきっかけで、露店や庶民用デパートや高級デパート、スーパーマーケットなどを巡り、タイのパンツ事情を調べるという遊びをやった。その結果、タイんぼ男が好きなパンツは、その当時の調査では、圧倒的にビキニパンツで、トランクス型のパンツは輸入物しかなかった。1990年代の話だ。
 そういうわけで、今回の台湾での遊びは、チリレンゲにしてみようと思ったのである。台湾の外食産業では、チリレンゲは大きく分けて2種ある。ひとつは、安い飯屋の使い捨てレンゲで、乳白色のペナペナプラスチック製だ。もう一種は、しっかりしたプラスチック製かステンレス製のもので、形や大きさや色はさまざまある。高級レストランでは陶器製のものがあるはずだが、私とは関係のない世界のことなので知らない。
 さて、散歩の途中に、スーパーやデパートや荒物屋を見つけると、レンゲ探しをするのだが、なかなかないのだ。アニメのキャラクターがついた子供用の安物レンゲか、日本のラーメン屋でも使っていそうな黒か赤のプラスチックのものしかない。西洋のサジ、つまりスプーンは大小さまざまな品揃えがあるのだが、レンゲとなると3種以上の商品を揃えている店を知らない。金属製のレンゲもあるが、柄が長く、サジの容量が少ない(つまり、浅い)レンゲはあるのだが、日本人になじみの形の、汁をたっぷりすくえるレンゲが見つからない。
 東京や大阪の道具屋街のような、飲食業者相手の店に行けば、何種類も揃えているだろう。飲食店にレンゲがあるのだから、売っているのは確かだろう。だから、レンゲを買うのが目的ならば、そういう店に行けばいいのだが、私は「食器と台湾人」といったテーマを考えたいのだ。
私の探し方が不十分だとわかった上で言うのだが、私なりにかなり調べてみると、日本よりも品揃えが悪く、しかし西洋式のスプーンならいくらでも揃えているという現実を見れば、台湾の家庭では西洋式スプーンで代用することが多いのではないかという仮説を立てた。
 それほど気にいったわけではないが、まあまあかなと思う程度のレンゲを見つけ、買おうかどうかと細部を点検したら、日本語の製品説明がついていた。新潟製だった。品質やデザインのいいものを探すと、日本製品にいきつく。それならば、台湾で買うことはないので、結局、1本も買わなかった。
 帰国して、通販サイトを見ると、いくらでもある。100円ショップやホームセンターにも、台湾のスーパーや食器店よりも品揃えがいい。チリレンゲを買うなら、日本がいいのか。というわけで、台湾よりも安い値段で、いいレンゲを日本で買った。
 訂正 アジア雑語林693話で、「関野吉晴さんが大学を定年退職した」と書きましたが、私の誤解で、いまも教職についていらっしゃることがわかりました。訂正し、お詫びいたします。