1556話 本の話 第40回

 

『きょうの肴なに食べよう?』(クォン・ヨソン著、丁海玉訳、KADOKAWA、2020)を読む その3

 

P59・・最初に水冷麺というものを食べたのは、20代中ごろのことだったと思う

 水冷麺(ムルネンミョン)というのは、日本人が冷麺として知っている料理のことだ。著者が食べていた冷麺は、汁のない「ビビン麺(辛い薬味だれがのった冷麺)」で、「肉で出汁をとったスープを蕎麦粉が原料の嚙み切りやすい麺にかけて食べる平壌式冷麺など、知る由もなかった」と書く。著者は1965年生まれ。慶尚北道安東の出身だが、ソウル大学卒業だから、1980年代にはソウルに住んでいたことは確かだ。20代半ばに、ボーイフレンドと一緒に行った冷麺専門店で初めて水冷麺に出会ったと書いている。冷麺は大別すると「汁なし」と「汁あり」の2派ある。著者がそれを知らなかったというのは、1980年代当時、冷麺がまだそれほど知られた料理ではなかったというわけではなく、おそらく著者の個人的事情によるものではないかという気がしている。ただし、家庭の料理としては、牛骨でスープを作るのは面倒で、昔のようにキムチの汁を利用するのではなければ、汁なし麺の方が作りやすいと考えると、家庭の冷麺は汁なしが主流だと考えられる。あまり外食をしない家庭で育つと、汁のないビビン麺しかなじみがなくても不思議ではない。

 汁のあるなしよりも興味深かったのは、韓国にも麺だけをお替りする「替え玉」があるということだが、それが客の特別な注文だったのか、それとも制度として確立しているのかどうかわからないので調べてみると、「替え玉」という韓国語はないが、麵だけの追加はあるという。「麺を追加して」という意味で「サリ(麺)チュガ(追加)」と言うそうだ。替え玉が、韓国オリジナルか、それとも福岡の影響か、さて。

P84・・シレギのナムルと同じくらい、私のテンションが高くなるもうひとつのナムルは「チャンチン(カチュック)」だ。

 シレギとは、干した大根葉だという説明がある。チャンチンは、「香椿(こうちん)またはチャンチンと呼ぶ樹の新芽」という説明があるが、この植物になじみがない。チャンチンを調べると、センダン科チャンチン(Toona sinensis)とあり、幹は家具などに使われるが新芽は食用になるらしい。「桜の花が散りクロフネツツジの花が咲く頃になると、市場にやわらかいチャンチンが束になって売られている」というほど、韓国では普通の植物のようだ。

P94・・近くに「五福堂(オボクタン)」というパン屋があって、ちょうどそこの主人が揚げたての“コロッケ”(あえてクロケットとは言わない)を盆の上に広げていた。

 この文章を読んでいて思い出した。韓国のコロッケは、日本のコロッケとは違うのだ。昔調べたことはすっかり忘れているので、また調べてみた。そして、韓国の「コロッケ」はややこしいということを思い出した。それは、こういうことだ。韓国人は日本のコロッケを売ろうとしたのだが、売れない。そこで、試行錯誤して工夫を重ねるうちに、百人百様の「コロッケと称する食べ物」が誕生したらしい。韓国のコロッケは、基本的にパンである。だから、引用した文章でも「コロッケ」を売っているパン屋が出てくる。外見は、カレーパンだ。具は、マヨネーズが入っていないポテトサラダだったり、カレー風味のジャガイモだったり、はてはアンドーナツのようにあんこが入っているものもあるそうだ。どういうバラエティーがあるのか、画像を紹介しておく。