550話 台湾・餃の国紀行 11

 テレビばかり見ていた


 夕方になると、宿が恋しくなった。早く帰ろうという気になる。テレビを見るのが楽しいからだ。台湾のテレビは、華語の字幕が出るので、英語だけの番組よりもわかりやすい。当然、タイのテレビよりもずっとよくわかる。だから、台湾の情報が詰まったテレビを見ていたかったのだ。バラエティー番組に出ていたあの人もこの人も、CMの映像で再会し、「売れている芸能人なんですねえ」とわかる。雑誌にインタビュー記事が載っていると、その人の経歴が少しはわかる。言葉の点で、台湾はじつに便利な国なのだ。
 台湾に着いたその夜のテレビニュースで、日本では「半沢直樹」というドラマが大きな話題になっているという話題を伝えていた。日本では、ちょうどそのドラマの最終回の放送を終えたところなので、日本での高視聴率も台湾の話題のひとつだった。「倍返しだ」のセリフに、「加倍奉還」の字幕が出た。日本のラジオ番組で、台湾でも話題になっているという情報を得ていたので、とくに驚いたりしない。間もなく、ケーブルテレビで「半沢直樹」の放送が始まった。
 それから数日後のニュース番組で、また半沢直樹が取り上げられていた、今度は、台湾で土下座が話題になっているというニュースだ。台湾のバラエティー番組のなかで、コメディアンと思しき人物が、トーク番組の途中、突然土下座をして笑いもらっている映像が流れた。また、若者が大邸宅の客間で、父か祖父か社長かと思われる人物に、涙を流しながら土下座をして謝罪しているドラマの1シーンも流れた。ただし、この話題はちょっと臭い。阿部サダヲが土下座している映像も流れたからだ。阿部主演の映画「謝罪の王様」が、間もなく台北で公開されるからで、それにかこつけた宣伝臭い。
 それから2週間ほどたった日の夜、テレビのスイッチを入れると、また堺雅人の顔がアップで出てきた。またしても半沢ネタの番組だが、今度は本格的だ。番組は始まったばかりで、テーマをつければ「半沢直樹の大ヒットで考える台湾ドラマの将来」という1時間特番だった。司会者とふたりのゲストが語り合うという経済的な番組だ。ゲストふたりの肩書きと名前がテロップで出てくるのだが、私の理解できない中国語なので、台湾ドラマ通だと理解しておく。
 話題はまず、日本のドラマ作りについて。ゲストがしゃべる。「日本では、本当にきちんと作っている。メイクも髪も外部の専門家がきちんと担当している。植木の担当者もいるんです。専門家が撮影日に花が咲くように前もって準備をしているんですよ。そのくらい、細かい個所まで気を使って、ドラマを作っているんですよ。日本はすごいでしょ」
 この発言を読みながら(華語の字幕を読んでいるのであって、聞いてもあまりわからない)、韓国ドラマのことを考えていた。韓国では、最終回の放送日の午後に、まだその最終回の撮影をやっているなんて言うのは当たり前で、テレビ局を舞台にしたドラマでは、撮影が放送に間に合うかどうかというスリリングなシーンが必ず登場する。だから、日本的な意味できちんと制作しているかどうかということと、視聴率や番組売上げには、残念ながらあまり関係ないんだよ。いいかげんな作りのドラマがダメというなら、韓国のドラマの視聴率がいいわけがなんだよと、ドラマ通でもない私がテレビ画面につぶやく。
 番組の後半は、台湾ドラマの現状だ。日本のドラマの全盛期があり、そのあと韓国ドラマの時代になり、韓国ドラマが下降してきたら、半沢直樹のように日本のドラマがまた話題になってきた。この10年で、台湾ドラマの輸出額は3分の1に減っているという。その打開策は、世界の中国人(国籍を問わず、すべての中国系の人)を相手に、中国との合作時代劇で勝負するという結論になった。その時代劇の映像が流れた。さて、時代劇で巨額の外貨を稼げるのだろうか?
 別の日には、いわゆる懐メロ番組をやっていた。テレビをつけたら、派手な背広を着た「ど演歌」歌手が歌っていた。私の好みの歌ではないが、台湾歌謡史がわかるので、チャンネルはそのままにしてシャワーを浴びた。浴室のドアは開けたままにしておいて、歌を聞いていた。
 シャワーを浴びてテレビの前に座ると、歌の感じがだいぶ変わっていた。ちょっとポップス調だ。何人もの歌手の昔と今の映像が次々に出てきて、CMに入った。CM開けの内容紹介のビデオを流してからCMに入るという、日本でもよくやる手法だ。いま出てきた女性歌手の歌の感じは、鳳飛飛(フォン・フェイフェイ)によく似ていると、78年の旅を思い出していた。当時の若手のトップ歌手だ。日本ではテレサ・テンだけが有名だが、台湾では鳳飛飛も同じように大歌手になっていた。あのころ、テレビがあるような部屋に泊まったことはないが、宿のロビーや飯屋などでテレビを見た。そのたびに登場していた歌手がいて、雑誌の表紙や特集記事にもなり、ヒット曲はまったく知らないが、私も「鳳飛飛」という名前を覚えた。台湾に行こうかと考えていた昨年、ネットでさまざまな情報を調べていたら、彼女が移住先の香港でなくなったというニュースがでてきた。1953年生まれだから、58か59歳だったことになる。CMの間、そんなことを思い出していた。
 CMが開けて、司会者がしゃべりだした。なぜか健康のことばかりしゃべっている。そして、その司会者の口から「鳳飛飛」という名が飛び出した。「鳳飛飛亡きあと、歌謡界はこの人に・・・」と紹介されたのが、CM前に鳳飛飛を感じさせたあの女性歌手だった。名前は知らないが、同じ時代の歌声がする。70年代ポップ歌謡だ。
 翌日、鳳飛飛のDVDを買った。それをさっき再生してみたら、ああ、カラオケだ。タイでもこういう失敗をやったことがあるのだが、パッケージをよく見ないとこういうバカをやる。CDを買ったと思えばいいか。映像はYoutubeにいくらでもあるし。