551話 台湾・餃の国紀行 12

 餃子の日々


 私の大好物は餃子である。皮の厚い餃子が好きなのだが、悲しいことに、日本では私好みの餃子を出す店は少なく、市販の餃子の皮は薄っぺらなものしかない。だから、餃子を食べたくなったら、自分で厚い皮を作るしかない。
 そういう私だから、世界で一番餃子屋のある国台湾に来たら、絶えず餃子に吸い寄せられる。餃子は中国の北の食べ物だから、古くから台湾にあったわけではない。戦後に、国民党の兵士やその家族とともに台湾に渡り、のちに日本人が影響を与えたという側面もあるような気がする。日本人が餃子を育てたのではなく、餃子屋の発展に日本人がかなり寄与しているという意味だ。特に、焼き餃子と「醤油、ラー油、酢」の餃子調味料セットに関しては、日本人と関係が深いように思う。中国北方では、餃子に何かつけて食べるとすれば、酢くらいだ。ほとんど私の想像だが、30年ほど前には、焼き餃子(煎餃子と鍋貼)を食べさせる店は、いまほど多くはなかったように思う。
 台北の名店街のようなところに餃子を食べに行った。餃子を注文するくらいの華語は言えるから、口頭で注文したら、店員に「餃子を食べるなら、セットメニューにするとお得ですよ」と、日本語で言われた。餃子の店には、日本人が集まるのである。その昔、こんなことがあった。ロサンゼルスのチャイナタウンで、偶然に餃子を食べさせる店を見つけて得意になっていたら、ガイドブックに、日本人の間では有名な店だと紹介されていた。あるいは、バンコクに住んでいたころ、近所に餃子専門店ができた。それから10日ほどたったころ、日本人駐在員にその秘密情報を伝えると、「はい、もう食べに行きました。別の店の方がうまいと思うので、今度ご案内しましょう」。海外の餃子情報は、日本人在住者と旅行者の間を駆け巡る。
 台湾でもそうだ。ネットで調べれば、台北の餃子のうまい店リストがたちまち出てくる。ガイドブックにも、「餃子のうまい店」は必ず紹介されている。そして、そういう店に行くと、当然どこかから日本語が聞こえてくる。街を歩けば、「水餃」という看板をよく見かける。ゆで餃子のことだ。台南では、おばさんがひとりでやっている屋台の餃子屋があった。メニューは水餃と酸辛湯(辛くて酸っぱいスープ)だけ。椅子に腰かけて、仕込みながら、客を待っている。仕込みを見たいので、私は客となった。1個3,5元。生餃子の持ち帰りも結構あるようだ。10個注文した。餡は、豚ひき肉とニラだけ。肉の味付けは、醤油と科学調味料。だから、あっさりした味で、スナックとして食べた方がいい。
 台北では、店名に餃子という文字が入っている専門店に行った。鍋貼を注文した。皮は悪くないが、餡に春雨が入っているのが気に入らない。というように、あそこでもここでも、餃子を食べた。質量ともに満足できない夕食の後に、餃子を食べに行ったこともある。夕食のシメに、餃子である。こうして餃子行脚をしてみると、私の好みに一番合っているのは高級店ではなく、どこにでもあるチェーン店だった。八方雲集(パーファンユンチー)という誰でも知っている店だ。
 1998年の設立で、台湾全土にすでに630店もあるそうだ。だから、店により差がある。ある店では、鍋貼を注文したら、持ち帰り用にすでに焼いたものを持ってきたことがあった。冷めた餃子は勘弁してよと思ったが、食べられないことはないというより、「それでもうまい」と思った。まあ、あと50店くらいの餃子を食べないと、どこが私の好みに合っているかという話はできないが、いまのところはこのチェーン店が一番としておこう。私がよく行った台北の店は小さくて、混んでいて、あのあわただしい雰囲気は、昔通った京都の萊萊を思い出させる。http://www.netnavi.com.tw/datas/eat003.htm
 台湾で餃子を食べていてうれしいのは、どの店も、私好みに皮が厚いことだ。日本のように、ワンタンの皮かと思うような薄い皮は使わない。ということは、日本人の多くは、薄い皮が大好きということなのだろう。中国では、主食だから皮が厚い。餃子は米がとれない北方の料理だから、麺と同じようにそれ自体が主食なのだ。米が主食である日本では、ご飯のおかずになるように、皮が薄くなった。中国から日本に餃子が伝わったときは、中国そのままの厚い皮だったはずで、それが薄くなったのは、おかずや酒の肴にするためだろうと考えると、皮の薄さが理解できる。これは前川仮説なので、情報の出典はない。
 台湾で600店以上もある餃子チェーン店が日本に進出しないのは、もしかして皮の厚さにも関係があるかもしれない。進出すれば、たちまち人気店になると思うが、飯を出すかどうかが問題だな。そうです。この餃子チェーン店のメニューに、「白飯」はもちろん、ほかの飯類もないのですよ。餃子定食とか、焼き餃子にビールという組み合わせは、日本料理店に行かないとなかなか実現できない。あっ、それから、餃子専門店に限らず安飯屋では、水やお茶が出てこないのが常識だから、お茶が欲しい人は持ち込むしかない。だから、私のバッグには、いつもペットボトルのお茶が入っていた。