定食の思想
台湾は、戦後も日本の食文化の強い風を受け続けている。カレー専門店ができた、讃岐うどん屋が進出した、とんかつ、かつ丼、親子丼などが食べられる店が多いといったトピックだけを見ていると、大きな流れが見えなくなる。ここでは、次のふたつのことを考えてみる。
まずは、コンビニだ。台湾には、セブン・イレブン、ファミリーマート、ハイ・ライフ、OKマートなどのチェーン店がある。よく見かけるセブン・イレブンとファミリーマートに関しての知識しかないが、これらのコンビニでは、おにぎり、弁当、おでん、ペットボトル入りの日本茶などの日本の飲み物などを扱い、ここから日本の食文化が伝播していっている。おでんは、日本と同じおでんと、辛く濃く味付けした2種を用意している。台湾に限らず、コンビニが日本の食文化輸出に大きな影響力を持っている。
インターネットで台湾のコンビニ情報を見ていて、これは食べてみたいと思っていたのがおにぎりだ。日本ではコピー機を利用する以外、コンビニにはあまり行かないので、日本との全体的な比較はできないが、コンビニおにぎりは食べたことがある。少しは比較ができそうだ。
台湾のコンビニのおにぎりは、20元から30元程度の価格帯が多く、日本円にすれば70〜100円くらいだから、日本と大きくは変わらない。ご飯はちょっと多め、日本のおにぎりの2割増しくらいか。具は少なめだ。もっとも大きな違いは、のりが韓国のり風に味付けのりだということだ。関西ではおにぎりに味つけのりを巻きつけるから、関西風なのかと思ったが、ゴマ油の香りがしてトウガラシの辛味もある。ルーツがつかめないのりだ。これは幼稚園児だと、辛くて泣き出すかもしれないくらい辛い。多分、日本にはないと思う具は、「泡菜」(大根やキャベツなどを材料にした四川風の辛い漬物)だろう。
おでんも試してみようかと思ったが、そんなことをしていると、台湾で日本料理ばかり食べることになりそうなので、おでんには手を出さなかった。旅行者ではなく、住んでしまえば、多分試食したと思う。台湾のコンビニ図鑑は、以下でよくわかる。ただし、商品は絶えず変化しているので、最新のラインナップというわけではない。
http://www.airtripper2.net/cstw.html
日本の食文化の影響を強く受けていることの第2点は、定食の思想である。
MRT(Mass Rapid Transit)という交通機関は、おおむね「地下鉄」と理解していいのだが、ほぼ全線地上を走っているのが文湖線である。台北市の北、基隆河を挟んで松山空港の対岸にある剣南路(チェンナンルー)駅前に、大食代と言う名のフードコートがある。レトロ趣味の内装は、横浜のラーメン博物館を模しているが、ここは入場料をとらない。どういう料理があるのか知りたくてそこに行ったのだが、個々の料理よりも、定食の誕生がおもしろいと感じた。
日本での定食の起源をまだ調べていないが、旅館の飯か軍隊の飯あたりが起源かもしれない。街の食堂でも、日本ほど数多くの定食(セットメニュー)が多くある国はほかにはないと思う。西洋でも、「今日の料理」としてランチタイムに決まったコースがあるが、定食の種類において日本以上の国はないと思う。台湾でも、食事はひとりで食べるなら麺類や汁かけ飯1品だけで、大勢で食べる場合は何品も注文して、皆が箸を伸ばして食べるというスタイルだった。そういう食文化の地に、定食が入り込んできた。
家族そろって出かけたとする。金持ちの夕食なら、「今夜は高級中国料理」とか「すし屋に行く」となるのだろうが、デパートやショッピングセンターの昼食なら、フードコートがいい。家族それぞれが食べたいものを食べられるからだ。さまざまな店があり、そこで買った料理を、セルフサービスでテーブルまで運んで食べるというフードコートのシステムは東南アジアにもあるが、単品を食べることが多い。台湾の場合、いやこのフードコートしか知らないから大食代の場合としておくが、定食に構成されていることが多い。ネパール人のカレー屋も、飯、カレー、スープなどで構成されている。イタリア風料理店では、サラダやジュースもついている。私が食べた台湾料理は、炒めビーフン、蚵仔煎(オーアーチェン、カキのお好み焼き風)、魚丸湯(魚団子汁)、青菜のおひたしの4品がセットで130元だった。これは割安だと思う。私のようにひとりで食事をする者は、一度にいろいろ食べられないから、定食はありがたい。台湾人も同じように考えて、定食の思想を受け入れたのだろう。客にとってうれしいだけでなく、店にとっては1品だけ注文するよりも客単価が高くなるので好ましいはずだ。台湾では、「定食」という日本語をそのまま使っていることもあるが、華語では「套餐」と表記することもある。「套」は重ねるといった意味だ。
定食ではないけれど、気になる現象を見た。日本にもある盛り合わせ、英語で言うワン・プレート料理のことだ。日本と違うのは、ご飯も同じ皿に盛ることだ。大きな皿に、肉野菜炒め、ゆでた野菜、タケノコの煮物などといった料理をのせて、そして半球形のご飯もその皿に盛る。だから、皿のご飯を箸かレンゲで食べなければいけないというアメリカンスタイルである。裏街の食堂でもこういうスタイルだったのだが、昔からなのか、その起源はわからない。飯が食べにくいという点では、日本の洋食屋で出す皿に盛ったご飯(洋食屋だから、ライスと呼ばせる)も同様に腹が立つ。皿のご飯は、ナイフとフォークにも、箸にも、うまく対応しない。だから、そういう店には、もう30年以上行っていない。台湾でも、別皿の「ライス」というのがあるのかどうか知らない。