597話  あなたにとって、○○とはなんですか?

 確認したいことがあって、ウチにあるはずの本を探し始めたのだが、なかなか見つからず、奥行き30センチの本棚に前後2段に押し込んでいる本の、奥にある本を取り出していたら、「もしかして、これかな?」という本が出てきた。探していた本は今もまだ見つからないが、もう何年も前から気にかかっていることが、この本に書いてあるかどうか確かめたくなったのだ。
 ずっと気になっている嫌な言葉がある。無能を絵にかいたようなアナウンサーが発する「あなたにとってとは、なんですか?」という質問だ。○○の中には、野球であったりサッカーであったり、芸術であったり、とにかく何でもいい。誰かにインタビューして、その最後に、何か気のきいた質問でまとめようとするも、いい質問が見つからず、もはや、使い古されてぼろぼろになった慣用句的質問、「あなたにとって・・・・」と言う質問をする。私は、こういう臭すぎる語句が大嫌いだ。
 こういうつまらない表現を考えたのは、寺山修司であると、筒井康隆が書いていたような記憶があり、その本がどれだったか思い出せなかったのだが、今、本棚の奥から取り出したのが、探していた本かもしれない。
 『言語姦覚』(筒井康隆中央公論社、1983)のページをめくってみると、「おお、これだ」とわかる。冒頭の「現代の言語感覚」という章で、昨今しばしば耳にする奇妙な語をとりあげている。たとえば、「あのですね」、「どうも」、「そうですね」、「極端(端的)に言えば」、「やっぱり」、「わたしって意外と」という表現とともに、「あなたにとって○○とは」が、あった。よしよし。これだ。
 ところが、読んでみると、寺山のことはまったく書いてない。私が誤って記憶したのか、それとも別の文章で読んだのか、また謎の中に入ってしまった。
 筒井が揚げた気になる表現のなかで、この「あなたにとって・・・」というのと同じくらい私が嫌いな表現を、筒井もあげている。それは「と言うと嘘になりますが」というヤツだ。オリンピックでメダルをとれなかった代表選手が、「オリンピックはいかがでしたか?」という質問を受けて、「まあ、負けて悔しくないと言えば嘘になりますが、精一杯戦ったので・・・」といった文脈で使う。そうだ、この「文脈」(コンテクスト)という語を文章や会話とは関係ない部分で使う人がいるが、私はそれも嫌いだ。「オレ、この程度にはインテリなんだぜ」と自己顕示しているようで、いやだ。
 筒井のこの本は1983年の発売だが、もし、今出版するなら、例の「バカ丁寧へりくだり表現」について書くだろう。83年のころは、まだ今ほど表面に出てこなかったのだ。
商店のシャッターに張り紙。「誠に恐れ入りますが、本日より3日間、夏休みをいただき休業させていただきます」。番組に出演した小説家に対してラジオやテレビのアナウンサーが、「先生の著作はいつも、読まさせていただいております」(吉田照美がこういう言い方をよくする。こういう表現を「さ入れ言葉」という)。飲食店はいっこうに改める気のない、「注文は以上でよろしかったでしょうか?」、「はい、こちらがご注文の特製ハンバーグになります」(いつ成ったんだ!と突っ込みたくなる)などなど数多い。
 私は言葉に関しても保守的なようで、「関しても」というのは、ほかのことも保守的傾向があって、「新し物好き」の対極にあると思う、「はやり物」に興味がない。だから、流行語をすぐに口にして得意になっている者を見ると、見苦しいと感じる。世間の人からインテリと思われたい人は、やたらに新語やカタカナ語を使いたがる。営業職だと、同僚や交渉相手にバカだと思われないように、会議などでハッタリをかます必要もあるのだろう。イノベーション、ブレイクスルー、スキーム、パラダイムなどなど。あ〜嫌だ!
 私が嫌悪するコトバの常習者は役人と、虚構を生きる広告業界かな。私はインテリではないし、インテリを偽装する欲求も必要性もないから、自分の身の丈にあった言葉しか使わない。だから、「どうだ、格好いいだろ」とばかりに、「できるビジネスマン」や「できるジャーナリスト」を気取っている人が滑稽に見えるのである。
 まあ、それはそうと、いつか、寺山修司語録でもさぐるか。