779話 インドシナ・思いつき散歩  第28回


 民族学博物館 後編


 民族学博物館のレストランで、宿がある旧市街方面に行くバスについて聞いた。ふたたび激しく雨が降るかもしれないので、ここからまた3時間かけて傘を差しながら歩くのは御免だなと思ったからだ。
 「1本じゃ行けません。博物館の前から38番のバスでカウザイ・バスターミナルに行き、9番に乗り換えれば、旧市街に行けます」
 なるほどそういうわけか。博物館前には、珍しく横断歩道橋があり、反対側に渡った。バス停はすぐ見つかったのだが、ここに止まるバスの案内板に、38の数字がない。「もしや?」と思い、近くを歩くと、別のバス停があり、そこには38の数字があった。20分ほど待って、38番のバスが来た。バス停がいくつもあると、バスの素人にはわかりにくい。
 車掌がバスに乗り込んだ私を見て、座っている若い女に何か言い、女は席を立ち、車掌は私に座るようにジェスチャーで示した。そこは老人用の席だと絵でわかる。おお、この私も、ついに老人扱いされるようになったのだ。これが座席を譲られた、我が生涯最初の体験である。同世代の友人の多くは、すでに孫がいる、おじいちゃん、おばあちゃんと呼ばれる年齢なのだから、私が優先席に案内されてもおかしくはない。車内を見渡せば、たぶん私が最年長だろう。このじーさんが、午前中に3時間歩いてここまで来たということは当然誰も知らないから、「老人扱い」を、ありがたく受けることにした。以前、私が老人に席を譲ったときに、「結構です!」と言い放ったばーさんは、自分が年寄に見られたことが許せなかったのだろうが、そういう「毅然とした態度」をとられると、席を譲った方がオロオロしてしまうのだ。それを知っているから、私は「老人扱い」を甘受した。
 優先席に座り、財布から1万ドン札を出しながら、「カウザイ・ターミナルに行きますよね?」と言うと、車掌は力強く「No!」と言った。おいおい、どーなっているんだ。この情報は正しいと思ったのだが、どうしたわけだ。午前中に歩いたせいで、今バスが走っている道路ははっきりと記憶にある。方向的には、旧市街に向かっているから、ある程度走ったら、降りるとしよう。
 左手にロッテセンターが見えてきた。ここで、右折。知らない道だ。すると、車掌は「カウザイ」と言いながら、次のバス停で降りろというジェスチャーをした。地図を見ると、そこから歩いてカウザイに行けるようだが、バスターミナルに歩いて戻るのはばかばかしい。どうせ歩くなら、歩いて帰ろうと考え始めた。雨は降っていないから、2時間もあれば、充分だろう。
 降りたバス停の路線案内図を読んでいくと、「50 Long Bien」とある。ロンビエンは、我が宿のすぐ北だ。この50番のバスは大成功だった。タンロン遺跡(旧ハノイ城跡)の脇を通り、タイ湖とチュックバック湖を分ける細い道に入り、鎮国寺の前を通り、右折して旧市街方面に南下する。まるで市内観光バスのようなルートだった。
ハノイの地名を少し覚え、バスの路線図をほんの少し読めるようになると、散歩がどんどん楽しくなる。バルセロナでも台湾でもそうやって路線バスの旅を楽しんだ。
 おまけの話 : バンコクの花市場(パーク・クローン市場)のすぐそばに、サイアム博物館(ややこしい英語名は、Museum of Siam , National Discovery Museum Institute)の入場料は、インターネット情報はサクソウしていて、「無料」から「300バーツ」まで各種ある。入場料が目まぐるしく変わったからかもしれない。2015年11月に私が行ったときは、たぶん200バーツだったような気がするがはっきりとは覚えていない。こういうことがあったからだ。
 「200バーツ? 高い! タイ人ならいくら?」
 「いや、あのう・・・」
 「200バーツは高いなあ」
 外国人料金にちょっと嫌味を言ってから入場券を買おうと思った。外国人料金は博物館が決めたのではなく、国家政策なのだから、博物館員に文句を言っても仕方がないとわかっているのだが、少でも不実を訴えたい気分はある。
 「あの・・・、今、お幾つですか?」
 「ええ、それが何か?」
 「60歳以上だと、無料なんですが」
 「63歳です」
 「わぁー、よかったですね。タダです。どうぞお入りください。どうぞ、どうぞ」
 今回の旅で2度目の老人扱いだった。損はしていないから、まあいいか。自分の年齢をそのまま受け入れればいいのだ。